2017/3/11

3月11日  福島のこと

3月11日。


あの震災から早いもので6年が経ちました。


6年前の今頃は大きな余震に怯えながら、両親と妹と一緒に同じ部屋で横になっていました。


とても眠れる状態ではなく、不安しかありませんでした。



あれからたくさんの色々な事がありました。


心のどこかには「震災」があり、決して忘れられないでしょう。



夏、病気になった時も
「あの震災を生き抜いたのに、病気に負けるなんて」
と思って乗り越えました。


それぐらい、大きな大きな出来事です。


昨年の秋、避難生活を終えて私達家族は自宅に戻りました。


ご近所は取り壊した家もあり、住んでいる家庭はごくごくわずかです。


寂しい気もしますが、皆さんが色々考えて決めた事。


どうか元気に過ごして下さいと願います。



最近、小さな地震が多くて不安です。


大地震がこの先来ない様に願います。



まとまりのない文章でしたが、読んで下さってありがとうございました。
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2017/3/9

6週目、立つそして歩く  入院生活

入院生活6週目。


朝から食事が出る。


お粥と具の無い味噌汁、野菜の煮物。


久々の食事は嬉しい。



手術から4日後、午前中から電動ベッドの力を借りて起き上がる練習をしてみる。


体中痛くて一度起き上がっただけで汗びっしょり。


看護師さんとの練習が3時頃だと思い30分前からベッドを起こして体を慣らす。


何事も急にやってはいけないと身を持って実感した。



ちょうど妹がお見舞いに来てくれていた時に練習が始まる。


頑張って起き上がる。


大丈夫そうなので補助を受けながら立つ。


更に頑張って足踏みを30回。


嬉しくて泣きそう。


この日一日のエネルギーを使い果たした気分だが、自信が付いた。



翌日の朝、背中に入っていた硬膜外麻酔が抜かれた。


大丈夫なんだろうか…。


お手洗いに行きたいと思い、看護師さんに申し出るが歩ける様になるまではダメだと言われポータブルトイレのお世話になる。


同室の皆さんにご迷惑を掛けない為にも早く歩ける様にならなくては!



この日の午後は点滴台を押しながら廊下を歩く練習。


フラットなはずの廊下が下り坂の様に感じて怖い。


でも頑張るしかない。


自力でトイレに行くと言う目標があるので痛みに耐えながら歩く。
続く。
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2017/3/6

3月、お誕生日のお祝い♪  日々の出来事♪

3歳の誕生日を迎えた姪のお祝いでちょっと豪華なランチへ行きました♪


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少しずついろいろって嬉しいです。


うどんは姪がほとんど食べたけれど、入院してから食が細くなった私にとっては好都合です。



大好きなこえだちゃんを持ってきました。


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知らぬ間にお友達や兄弟が増えていて、覚えるのが大変…。



美味しいお食事と姪のお喋りはとても楽しく、あっと言う間に時間が過ぎていきました。


産まれたのがついこの間だと思っていたのにもう3歳。


来月からは幼稚園。


早いなぁ。
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2017/2/25

5週目、起き上がる練習  入院生活

手術の2日後、午後から起き上がる練習をしましょうと看護師さん。


耳を疑う。


もっと落ち着いてからだと思ったよ…。


手術の時に入れた硬膜外麻酔が効いている様子がなく、痛み止めの点滴を打っている私に起き上がる事なんてできるんだろうか…。


その日は看護師さんの補助を受けてゆーっくりと起き上がる。


しかしめまいがしてすぐに戻してもらった。


無理は禁物とその日は練習終了。


この日の夕方、一般病棟へ移る。


同じ日に手術のをしたお母さんが同室で
「お帰りー」
と明るく迎えてくれた。


とても元気そうで羨ましいな…。



手術から3日後も結果は同じ。


看護師さんの補助で起き上がり、足をベッドの外側へ下ろしたところで具合が悪くなってしまった。


隣で見ていた母は私の顔色があっと言う間になくなり驚いていた。


今まで大きな手術の経験が無く悩む…。


皆は苦労せずに起き上がっているのだろうか?



スマホで検索してみると「手術後簡単に起き上がる方法」が見つかった。


帝王切開で出産した人用だけれどやることは一緒だ!


電動ベッドの力を借りて起き上がる。


そんな簡単な事が思いつかなかった。


電動ベッドなら楽そうだ。


暇があればそのサイトを見てイメージトレーニング。


これ大事。続く。
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2017/2/24

5週目、手術翌日  入院生活

目が覚めると外の様子は見えないけれど良いお天気なのが分かる。


麻酔科の先生が来て経過観察。


自力で足を持ち上げられるか聞かれ、やってみる。


穏やかな笑顔で「大丈夫だね。」と言われると安心する。


続いて主治医の先生が来て、鼻のチューブを抜いてくれた。


かなり楽になった。



その場でレントゲンを撮り、看護師さんが体を拭いて着替えさせてくれた。


私は全く動けない。


全身が痛くて重い。


そこはプロ、慣れた手つきとトークで不安を消してくれた。


本当にありがたい。



時間は分からないが午前中の早いうちに外科病棟へ戻った。


ナースステーション隣の術後管理室へ運ばれ、2日ほどそこで過ごす。


手術翌日から水は飲んでも大丈夫とのことで用意して貰った。


水を飲むだけで重労働。


ほんの少しの水が全身に沁み渡る様に感じる。


「生きる」って大変だ。続く。
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2017/2/16

5週目、手術後数時間  入院生活

午後一番に始まり、手術は4時間掛かったそうです。


麻酔が少しずつ醒めて部屋の明かりが眩しいなと思ったり、病院内の放送が耳に入ってくるようになった。


コンタクトや眼鏡を付けていないので時計が見れず時間が分からない。


夢と現実の間を行ったり来たり、体中に色んな物が付いていて重く、お腹の傷が痛くて全く動けない。


時折看護師さんが意識の朦朧としている私にきちんと声を掛けてくれる。


けれど、鼻から入っている酸素用のチューブが痛くて邪魔で上手く話せない。


温かいタオルで顔を拭いてくれたり、水を含ませたスポンジで口の中を掃除してくれてとても気持ち良い。


徐々に目がきちんと開く様になり頭が冴えてきた。


部屋は電気が消され廊下の明かりだけ。


看護師さんが様子を見に来てくれて会話できたので時間を聞くと夜中の3時だった。


ドアが開いた途端に女性の悲鳴?の様な大声が聞こえてくる。


恐怖…。


全身麻酔が切れ始めるとパニックを起こしたり、暴れる人がいるとネットで見たがそれなのかな?


自分はどうだったんだろう…。


暴れたり、自分で点滴を抜いたりした場合、家族の付き添いが必要になり事前に同意書も書いたっけ。


大丈夫だったんだろうか…。


考えているうちにまた眠ってしまい、気付くと窓の外は明るくなっていた。続く。
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2017/2/6

5週目、手術当日  入院生活

いよいよ手術当日。


この日は朝から食事抜き。


正直暇だ。


足に血栓ができない様、着圧ストッキングを履き病衣に着替えて時間が過ぎるのを待つ。


テレビを見る気にもならずに身の回りを片付ける。


手術室へ入る1時間程前に両親が来てくれた。


ただ待っているだけと言うのも心配だし、長く感じるんだろうな。


1時ちょっと前、いよいよ手術室へ。


担当の看護師さんとエレベーターに乗り、歩いて向かう。


大きな病院なので手術室がいくつもあり、ストレッチャーに乗って入っていく人が見える。


怖い…。



先日の美人ナースさんの案内で手術室へ。


手術室へはコンタクトを付けて入れない。


眼鏡を掛けて行けるが手術台の所で外さなければいけなくて、ど近眼の私はほとんど見えない。


ちょっと残念。



手術台で横向きになり背中をこれでもか!と丸め硬膜外麻酔が入る。


痛いのなんのって…。


次に麻酔用のマスクを口に当てられ3回深呼吸する様指示がある。


2回目の呼吸で麻酔の先生が液体を注射した。


これまた痛い。


「どこか痛いところある?」
と聞かれ、
「今の注射のところ…」
と言ってからの記憶がない…。


続く…。
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2017/1/26

5週目、準備いろいろ麻酔もいろいろ  入院生活

入院5週目の水曜午後、手術が決行される。


月曜の午後に約1ヶ月慣れ親しんだ病棟から外科病棟へ移動。


手術が決まった時点で個室を頼んだが空きは無く6人部屋へ。


患者さんの出入りが激しく、私が病室へ入ってから1人は退院し、もう一人は別室へ移動。


少し時間を置いて別の人が入ってきた。


手術室の看護師さんが当日の説明に来てくれた。


とても美人で分かりやすい説明。


全身麻酔とは聞いていたがその他に「硬膜外麻酔」と初めて聞く単語にひるむ。


看護師をしていた妹に問い合わせると大きな手術をする人は痛み止めを随時流すのにこの麻酔を使うとの事。


背中へ細い管を差すそうな…。


これがないと逆に痛みが酷いからこの麻酔は重要と言われる。


世の中、知らない事がたくさんあった。



火曜の午後は麻酔科の先生から説明を受ける。


隣のベッドのお母さんも私と同じ日の午前中に手術と分かり、一緒に麻酔科へ。


一気に仲良くなる。


麻酔に関するDVDを見てからの説明。


心配だった「硬膜外麻酔」、やはり痛そうだ…。


15歳の時に盲腸の手術をした。


その時脊髄に打った麻酔がめちゃくちゃ痛く、もう二度とあんな思いはしたくないと思ったのにな…。


憂鬱度急上昇。



病室に戻った後は手術部位のケア。


お腹の毛を剃ったり、へそのゴマを取ったりを看護師さんにしてもらう。


私はおへそのケアだけで済んだ。


オリーブオイルをおへそに流し込まれ、大きな綿棒でぐりぐり。


変な感じだ…。


その後お風呂へ入る。


手術後は当分シャワーも無理そうだからと頭からつま先まで念入りに洗う。


食事をしっかり食べ翌日の手術に備える。


月曜にあまり眠れなかった分、火曜は良く眠れた。


前日は緊張して眠れないと思っていたけれどそんなもんだな、私って。続く。
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2017/1/23

4週目、大腸内視鏡検査  入院生活

手術が決まったところで担当の先生、
「他にも検査して何か見つかったら手術の時に一緒に取りましょう!」
と言い出した。


もう憂鬱としか言いようがない。


大腸内視鏡検査をすることになった。


お尻からカメラを入れて腸の中を検査する。


噂には聞いていたがまさか自分がするとは…。



検査準備で前日の夕方から病院食と水以外は摂らない様説明があった。


それは普段から守っているので心配ない。


夜は検査食。


量が少なかったが入院生活の中で一番美味しかった。


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ビーフシチュー、クラッカー、お茶。


今までお粥や煮魚、野菜の煮物ばかり食べていたのでビーフシチューに驚く。


3週間ぶりのお肉はとても柔らかくて美味しい。


ゆっくりと時間を掛けて食べた。



その後、少量の下剤を飲む。


下剤と言っても翌朝に効果が出るので寝ている間にどうこうなる訳ではないらしい。


甘くて飲みやすい。



そして翌朝、看護師さんが下剤を持ってきてくれた。


2リットル、どーん。


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これを2時間掛けて飲むそうな…。


結果から言って3時間掛かりました。


味はスポーツドリンクの塩味を強くした感じ。


柑橘系の香りがして最初は飲みやすいと思ったけれど1時間過ぎた頃から全く進まない。


その間、何度もトイレに行き腸の中の物を出さなければいけない。


検査前に排出物の色の図が渡され、色がほぼなくなったら検査に行けるとの事。


軽く考えていたが、出しても出してもなかなか色が変わらない。


やっと1.5リットルを飲み、排出物の色がほとんどなくなったと看護師さんに言ってみたが全部飲み切る様にと言われ落ち込む。


トイレに行きすぎてお尻が荒れてきた。


何とか飲み切り、検査室へ。


下だけ後ろに大きく切れ込みの入った紙パンツ(ハーフパンツ丈)に履き替え、お尻に腸の動きを弱くする注射を打たれる。


横向きに寝て検査開始。


痛い、カメラが入っていく度にお腹が痛い。


それなのに仰向けやお腹を膨らませてと言われても…。


私があまりに痛いと騒ぐせいか検査室内にクラシックが大音量で流れ始めた。


20分ほどで検査終了。


腸に異常はなかった。


午前中で疲労困憊。


この日は寝て過ごしました。続く。
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2017/1/17

4週目、手術決定  入院生活

入院生活も4週目に入り「どうなるんだろうなぁ…」と思いながらの毎日。


それがある日、病室に来た先生
「膵臓の水の袋、このままだと膵炎を繰り返すだけだから手術して取りましょう!」


本当に驚いた時は言葉が出ない…。


今は落ち着いているけれど、だからと言って退院しても膵炎になる確率は高い。


ならば入院している今のうちに手術して取った方が今後の為。



嫌だけど、仕方ない…。


近々手術を担当してくれる外科の先生から詳しい説明があるとのこと。


家族や会社に電話を入れる。


いつまで入院しなくちゃいけないんだろう…。


不安しかない。泣けてくる。



手術が決まった2日後の夕方、部屋でぼんやりしていると外科の先生が説明に来てくれた。


私より少し年上かな?ぐらいの女医さん。


気さくで話しやく、この先生ならお任せできると思った。



簡単な手術の説明を受け、手術日が決まる。


更に2日後、両親と詳しい説明を受け手術時に必要な同意書にサインをする。


「手術して取りましょう」と言われ、すぐに「お願いします」と言ったけれど長時間になりそう。


できるなら逃げ出したい。


でもあの痛みが続くと思うときちんと向き合わなければいけないんだよなぁ。


悩みは尽きない…。続く。
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