2007/4/20
「ミスター長嶋」
ここ最近 母が 必ず新聞の週刊誌の広告で 探しているのは
長嶋茂雄氏の記事である。
母は 全く 野球に興味はない。もちろん 長嶋さんにも興味はなかった。
それが この前 ついに 長嶋さんのことが載っているから、といって
週刊誌を買ってきた。
母の興味は 長嶋さんの奥さんが 最近になって長嶋さんと別居した
ということだ。
長嶋茂雄さんという人は病気以前から 息子の一茂氏が テレビで言っていたが
かなり我が道を行くタイプのようだ。
「常識が 通用しませんよ」と 一茂氏が 言っているのを見たことがある。
周りに気を使うとか、後の人のことを考える とかは 全く無いそうだ。
で、
脳梗塞という病気は
正直いって 人格が変わる 部分がある。
もともと 頑固な人、ワガママな性格の人が なりやすい病気のようだが
脳梗塞になると
怒りっぽくなったり 暴力的になったり ひどい言葉を吐いたりする。
皆がみんな とは 言わないが
脳梗塞になった 旦那さんをを面倒見る奥さんは 大抵
暴力的になった自分の旦那をみて
「うちのお父さん、こんなだったかしら」と 悩む。
手を上げるようになってしまうお父さん、
暴言を吐くようになってしまうお父さん、
すぐに カッカくるようになってしまうお父さん。。。
奥さん、
はっきり言って それは 病気のせいですよ。
ちょっとばかり 怒りっぽくなる人もあれば
かなり 暴力的になる人もいる。
いずれにせよ 怒りっぽくなるケースは多い。
うちの父も ひどかった。
暴れて 家の中が 泥棒にあったか
津波が来たか、というほど メチャクチャになっていたことも
あったし、
怒り狂った父に(理由はよくわからない)、
家の中の物を 捨てられたり 畑で焼かれたりして
大切なものが 無くなったこともあった。
その時は母
「うちに 大津波が 来たと思うことにする」
と言って 泣いて 諦めた。
父の 暴力的な 部分が収まったのは 今のように
自分で自分の体が 動かせなくなってからだ。
脳梗塞になり 入院して 良くなって、帰ってきて
それからの生活のほうが 正直大変だった。
父には申し訳ないが
今のように 全く自分で 体が動かせなくなって
私達家族は 平穏な日々を取り戻した 部分がある。
で、
勝手な 想像で 物を言ってはいけないが
長嶋さんも 入院から 退院、そこそこ 体も動かせて
メディアにも 出ているが
家庭で 一緒にいるには 大変な人格に病気のせいでなっているのではないか、
ましてや 病気以前から
我が道を行く人なのだから
脳梗塞になると どうしても そんな性格が もっとすごくなるので
奥さんも 一緒に暮らせないほど
苦労したのでは ないかと 思ってしまう。
自分が 脳梗塞の旦那に ずいぶん 泣かされた母は
長嶋さんの奥さんのことが 他人事とは 思えず
週刊誌の記事を読むのであった。
知り合いでも
脳梗塞後、旦那さんの 暴力がひどくなり
「うちにいたら 殺される」
と言って 家を出た奥さんを知っている。
オリンピック関係のパーティに
呼ばれてもいないのに スーツ姿で 現れた長嶋さんに 皆 ビックリ、
と雑誌やテレビで放送され
素晴らしいサプライズだった などと 言われたが
ミスターでなければ 迷惑な話だ。
一緒に暮らすには かなり 手ごわい相手であろうと思う。
今日もまた
母と 勝手な想像で 話に盛り上がる私と母であった。
(長嶋さん、ファンの皆さん、勝手なコト言ってごめんなさいね。)

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投稿者:keiko
shigeruさん
コメント ありがとうございます。
私も 何度聞いても 父方のルーツは
覚えることができません(笑
もらわれてきたとか 養子に入ったとか。
が
しかし!
父が まだ ここまで ひどくならなかった頃
自分のルール探しに 凝っちゃって(笑
新潟に2件の 親戚(????を
探し当て(? いまだに そこの家になる柿が
送られてきます。
深川に お越しの際は ぜひ いらしてください。
投稿者:shigeru
kaigoな日々、感慨深く読ませて頂きました
私はアニスティ深川に住む父の息子です。
父を訪ねて下さり本当にありがとうございます。
家系については私の祖父に子供はいなかったそうで
何人もの子供を引き取って育てたようです。
亡くなった母はツルといいます。
母とKeikoさんの父方の祖母は姉妹の関係?
もう複雑すぎて何回も父に聞くのですが良く分かりません。ア、あまり書きすぎるとダメですね。
お店と介護、大変でしょうが頑張って下さい。
東京在住