2017/1/20

“競争”の経済学  

NHK「オイコノミア」で“競争しなければダメですか?”というのをやっていました。
経済学から見て、競争とはどういうものか。
フリードリッヒ・ハイエクというオーストリアの経済学者の論。
「競争は人の優れた特性を見つけ出すための装置である」
詳しく言うと、
「誰が一番、優れているのか? 誰が一番、私たちの要求に応えてくれるのか? あらかじめわからないとき、競争によりそれを見つけ出すことができるのだ」
高校野球でも社内の実績競争でも、トップの1人、1チーム以外はみな「敗者」。競争っていやだよな、と考えるのでなく、「負けたということは、ほかの適性を見つけるチャンスだ、と考える。「競争は適性を見つけるのに役立つ」。番組はこう結論付けていました。
公務員の世界に競争はない。
昨日まで、「財団経営の哲学」という本を通じて紹介したのも「競争のない世界で唯一の相手は“時代の変化”だ」ということでした。そもそも競争原理が働かないからこそ、危機感を維持し自己を成長させ続けるのは大変。そう心得るべきでしょう。
また番組では、ダンスの世界で見ても、示された「振り」は誰よりもすばらしくできるが、独創性、自分で「振り」を考えることができないという若者もいる、との指摘が印象的。
いわゆる適材適所。それをいかに組織の中で機能させるか。行政という競争なき社会での永遠の課題。永遠というのはのどかな意味でなく、今日も明日も考え挑まなければならない課題、という意味。議会から私も、ナンクセや注文ばかりつけるのでなく、職員の皆さんの人生の質向上のためにも適材適所のルールが完成していくことを願い、提案していると思っています。
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2017/1/19

「財団経営の哲学」8終  

続きを書きます。今回が最終回です。
笹川陽平会長は語ります。
「発展途上国に鉛筆を贈る。しかしその国に、鉛筆削りもナイフもないなら、それは意味がないことになる。また紙がない国なら、やはり意味がない。そしてもし字を書けない人びとならば、ますます意味がないことになる」(趣意)
これは喩えですが自分たちのやった失敗の実例が紹介されます。ミャンマーに自転車を贈ったという事例。珍重がられたのは最初だけ。賃上げで送る方が高くつく。日本からの送料に対して中国製の安い自転車はその半分の値段。ここから会長は援助の基本を「必要なものを、必要なときに、必要な分だけ」と。
これは行政の基本姿勢でもあるでしょう。肝心なのは、それを誰が見極めるのか。その人が、しかるべき判断の立場にいるのか、ということ。
新年度予算の審議が本格化。明日から通常国会です。総予算の3割が借金という、目もくらむような国の財政。一方ではまた極端な、賭けマージャンをする市長、「保護なめんな」というTシャツで闊歩する福祉課の職員がいる市役所。
遠い未来を見つめ、同時に足元をチェックしつつ、行政がきちんと、市民満足実現に取り組む。この市民の方にどうしてあげるのが適切なのか。ルールを破らず、ルールを変える。
議会もともどもに、財団経営の哲学に学びつつ、わが身を再度チェックしてみましょう。
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2017/1/18

「財団経営の哲学」7  

続きを書きます。笹川現会長は語ります。
「野球の選手もゴルフの選手も、試合に出るだけではない。試合のないときどう過ごしているか。それを思えばいい」この短い文章、しかも極めてシンプルなこの一文に、大きな説得力を感じます。
「体力を作り、情報を収集し、相手の研究をし、コースを研究する。そうして試合に出ているはずである。すべてのプロには、この仕込み時間というものがある」
それはスポーツに限らない、と話は進み、核心に入ります。
「9時から5時のルーティン・ワークの中で仕込みなんかできない。会社だけで仕事なんかできない。私だって恥ずかしながら早朝に起きて勉強している…予習を欠かさないということは、相手への礼儀でもある。私だって、ただ相槌を打っているだけの人間になどなりたくはない」
ただ相槌を打っている…とは私の心に響きます。もう少し先に進みます。
「仕事とは、会社のためにやってもらっていることではない。自分のためにやっているのだと思わなくてはいけない…主体は自分にある。自分を鍛えて、存在感のあるものにする、これが重要なのである」
まったく、異論はありません。
そして以前に紹介した、四国新聞で読んだ武者小路実篤の言葉「自分の仕事は、自分の一生を充実させるためにある」に行き着きます。
不肖、わたくしも20年の坂出市役所勤務。前半は指示を受けて働く姿勢でした。それはそのポジションがそういう職種だったからでもあります。でも、同じ総務課で9年余りを同じ仕事内容で送りましたが、その後半からだんだん違ってきたことを思い出します。退職までの後半はもうまったく、仕事は私の楽しみとなりました。そういう仕事場であったことはラッキーとしか言いようがありません。
さらに議員となってからは「水を得たナントカ」です。ありがたいことです。
失敗も行き詰まりもあるが、それは楽しむために、高めるためにあるのだと思えます。
公務員ほど、特別で、使命感にあふれる職場はないと、そう自負してください。いや、それに気づいてください。手ごたえは市民の中から、あふれるように返ってくると思います。
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2017/1/17

「財団経営の哲学」6  

続きです。
企業が芸術文化を支援する。これに二つの考え方がある、と、笹川現会長が説きます。
メセナとCSR。
メセナは「芸術文化支援活動」。笹川氏によると「その資金は企業の利益の余剰金である」。
一方、CSRは「企業の社会的責任」。企業活動の一環であり、余剰がなければやらない、というものではないということ。
「慈善事業ではなく企業活動なのである」
ここにこそ、日本財団の使命と存在意義がある、と。企業が「どんな支援ができるか」と相談に来る。これに対し「われわれ日本財団は、それぞれの企業に合ったCSR活動のメニューを提案し、企業の名前がきちんと出るような形で下働きの役割をする。あるいは企業とNPOとの触媒の役割を果たす」
いろいろと、考えさせられます。
議会改革、市役所改革を口にしながら私も、では役所はこれからどうあるべきかの核心をさらにつかんでまいりたい。
やはり、まずは市民と会うことを常態とすること、識者とのノウハウのパイプを確立すること、ではないでしょうか。
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2017/1/16

「財団経営の哲学」5  

続きです。笹川会長の言葉です。
一般の企業と違い、われわれ財団にはライバルがいない。ライバルは、時代の変化である、会長はこう述べています。
「この変化についていけず、対応が遅れるようになったとき、あらゆる組織は機能を失う」
それは市役所という組織、そして公務員という立場にまったく同様に言えることでしょう。
「大切なことは、変化に合わせて自分を変えていけるか、である。社会が変化している以上、自分自身も変化し、何が求められているのか、常に意識していかなければならない」
公務員改革、市役所改革の要諦はこれだと思います。
引っ張られるのか引っ張るのかで大きな違い。先に紹介した喩えで、「羊羹を100等分する」という安逸な考えから、富の再配分、社会の秩序、豊かさの創出へと、行政が「引っ張る」側になる、それが求められている、それがまさに「時代の変化」なのに違いありません。
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