2018/8/18

座頭市に泣いた金メダリスト  

昨日の続きを書きます。
1964年10月10日、東京五輪の開会式。日本晴れ。しかしその前日は大雨だった。
デートをしていた三宅選手は慌てて映画館に飛び込んだ。後日の妻の回想。「ちっとも悲しいシーンしゃないのに、ポロポロ涙をこぼすんですよ。優しいひとなんです。力持ちのくせに…」。まさに映画のワンシーンのようではありませんか。
そしてここからがすさまじい。
開会式の夜はマージャンをしてあえて夜更かしをし、翌日に熟睡できるように調整。計算どおりに進み、試合当日は6時にスッキリ起床。1時間散歩。体重59.5キロを確認。もう一度寝て昼過ぎに起きる。ガムを3枚噛む。「唾が出るので体重が100グラムほど落ちるんだ」。
同じ重量を挙げた選手が2人いたなら、体重が軽い方が勝つルールなのだそうです。三宅59.3キロ、ライバル、米のアイザック・バーガーは59.6キロ。私より軽い。これは驚きです。それで140キロを挙げるとは。
煮込みうどんとなめこ汁の昼食のあと、また睡眠。計10時間の睡眠は彼のベスト。
いよいよ本番。客席に家族の見守る顔がある。「オフクロのために挙げてやる」。世界記録の152.5キロを高々と。バーガーも同じ重さを挙げたが、体重差により、三宅が金。
午後9時、日の丸が揚がる。会場に家族の笑顔と共に、皇太子ご夫妻の姿があった。
…ぜひ、映画化してはいかがでしょうか。
私もこのエピソードに元気を得て、「挙げてやる」と意気込みます。期待をくださるすべての方たちのために。
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2018/8/17

三宅義信「貧乏物語」  

64年の東京五輪、日本人金メダル第1号。重量挙げフェザー級。彼の「知られざる“貧乏物語”」というのが月刊誌『潮』6月号にありました。ノンフィクションライター、松下茂典氏の執筆。
小見出しを拾っても「煮込みうどんとなめこ汁でメダル獲得」「新聞配達と母の“ありがとう”」「デートの食事は15円の素うどん」。面白いのでここに紹介したら全文書き写すことになります。ここではこんなエピソードだけ。
ローマでの合宿中。練習場に突然、世界的に名声をほしいままにしていた力道山が現れた。新聞社の企画とのこと。「ちょっと持ってもいいかい」と140キロのバーベルに片手で触れた力道山。しかしさっぱり上がらず、両手でもびくともしない。「三宅さんは凄いの挙げるんですね。ぜひ金メダルを獲ってください」。こちらが恐縮した、と回想しています。
「ハングリー精神」とは、最近聞かなくなりました。ダイエットが流行る飽食の時代。ちょっと映画にでもなりそうな「貧乏物語」でした。
この話題はこれで終わろうと思ったのですが、記事の後半が面白いので、明日、続きを書かせてもらいます。
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2018/8/16

引退しない人生  

月刊誌『公明』2017年11月号に、日本シンクタンク・アカデミー理事長、岡本憲之氏の寄稿がありました。題して「エイジノミクスで日本は蘇る」。副題に「高齢化はイノベーションの宝庫」とあります。
「高齢者も社会の内側の一員として、いかにエンパワーメントするか…そこからイノベーションが生まれる」と氏は説きます。ここからは高齢者だらけで大変だ、暗い未来だ、との論調が多いが、「このままだと」まさにそうなる。でも人生百年時代、「引退しない人生」という世にすれば、ニーズは生まれ、働き手も生まれる。
・人口は減るが、生産性を高めて補う。
・虚弱高齢者を減らす「エンパワーメント」で、高齢者に自立してもらい、結果、介護離職者を職場に戻す。
・950万人の糖尿病、700万人の認知症。これらの人に医療費がかからず、さらに元気に復帰してもらうためには「創薬」というニーズがある。
いま、「65歳を超えても働きたい」と願う高齢者は7割だそうです。そこで、北九州市には50歳以上を対象とした「シニアハローワーク」があり、兵庫県養父市は就労時間制限のあるシルバー人材センターの規制を緩和し「規制緩和型シルバー」を試みているそうです。
国家的な危機だが、国の指導や通達を待つ時代ではない。ある地方の先進事例が国の標準となる時代です。サキガケの丸亀市になりたいものです。
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2018/8/15

ノーナレ甲子園  

NHKに『ノーナレ』という番組があります。25分間全編ナレーションなしで構成。ただ登場する人々の言葉や表情、光景だけで綴る。今回は「遥かなる甲子園」。激戦区神奈川にある横浜隼人高校。ここに地方大会3か月前からカメラが入り、ひたすら球児たちを追っていく。
部員数129人。3年生は45人。ベンチ入りは20人。地域も激戦区だが部内でも激しいメンバー争いが繰り広げられる。
Aチームに入れないある3年生は1年生の指導係を命じられる。背番号をつけられない不本意さを胸にしまって、1年生の指導に没頭する。「目的は、野球を通しての人間形成。ごみを拾う。カバンを並べる、しっかりごはんを食べる。それも日本一の取り組みを」と。カメラに向かって彼は語る。Aチームでできないが、野球をしようが手伝いをしようが、チームの目的目標はいっしょなんで、全力を出すだけです。
そしてやってくるメンバー発表の瞬間。一人、また一人。自分の名が呼ばれない。それでもチームメイトに必死で祝福の拍手を贈る。終わって監督。「3年生全員をベンチに入れてやりたいが入れられない。ただな。試合に出るのは一瞬のことだから。一瞬のことよりも2年半、野球部で学んだことを人生の糧としていくことが大事なんだ。一生が大事なんだ。〇〇、何で横浜隼人高校に入ってきたんだ?(人間形成のためです)そうだ。人として成長するためだ。皆が成長したのか?(しました)ならええやないか、それで」。解散の後も、あちこちですすり泣きが続く。
そして迎えた地方大会1回戦。8回までリードするも最終回で逆転を喫し、早くも敗退。NHKはこの高校以外にも何校か複数候補地にカメラを回していたのか、と思わせるほど、ストーリーを盛り上げるシナリオのないドラマになっていました。
3700校で一番早い涙。
誰も見ることがなかった彼らのロッカールームでの本音、弁当を食べながらのやりとり、そして涙。負けて球場を去り、ユニホームを脱いだあの1年生指導係は、確かに1歩、成長した顔に見えました。
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2018/8/14

終戦翌年の甲子園  

今日の朝日新聞に、1945年8月15日、ちょうど終戦1年後の甲子園のもようが紹介されていました。
「球場では傷痍軍人たちが募金箱を胸に立っていた。試合中、米軍機がシラミを駆除する薬剤DDTを客席に散布して回った。勝ち残った学校は敗退校から米を置き土産として受け取り、大いに喜んだ」。
これはまた隔世の感。いやそんな言葉で片付けてはならない重みのある活写です。
こうして100回の今日があるのか、との感慨。
こまかく見ると、私にはDDTのひとことで分かるが、新聞としては今や「シラミを駆除する薬剤」と注釈を付けなければ文が通らない世となったことを知ります。戦争という言葉の意味もまた注釈なしには「何なの」と言われる日がくるのか。それが平和なのならいいけれど、平和ボケならそれは歴史の繰り返しの始まり。100回の感慨を、浮き立つだけで済ませては済まぬ、そんな思いを掻き立てられました。
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