黙然(もくねん)と涙を流してゐた

2012/10/8 
 しかし死は素戔嗚夫婦をも赦(ゆる)ダウン モンクレールさなかつた。
 八島士奴美(やしまじぬみ)がおとなしい若者になつた時、櫛名田姫はふと病に罹(かか)つて、一月ばかりの後に命を殞(おと)した。何人か妻があつたとは云へ、彼が彼自身のやうに愛してゐたのは、やはり彼女一人だけであつた。だから彼は喪屋(もや)が出来ると、まだ美しい妻の死骸の前に、七日七晩坐つた儘、黙然(もくねん)と涙を流してゐた。
 宮の中はその間、慟哭(どうこく)の声に溢れてゐた。殊に幼い須世理姫(すせりひめ)が、しつきりなく歎き悲しむ声には、宮の外を通るものさえ、涙を落さずにはゐられなかつた。彼女は――この八島士奴美のたつた一人の妹は、兄が母に似てゐる通り、情熱の烈しい父に似た、男まさりの娘であつた。
 やがて櫛名田姫の亡(な)き骸(がら)は、生前彼女が用ひてゐた、玉や鏡や衣服と共に、須賀の宮から遠くない、小山の腹に埋められた。が、素戔嗚はその上に、黄泉路(よみぢ)の彼女を慰むべく、今まで妻に仕へてゐた十一人の女たちをも、埋め殺す事を忘れなかつた。女たちは皆、装ひを凝(こ)らして、いそいそと死に急いで行つた。するとそれを見た部落の老人たちは、いづれも眉をひそめながら、私(ひそか)に素戔嗚の暴挙を非難し合つた。
「やがて、男は、日の暮(くれ)に帰ると云って、娘一人を留守居(るすい)に、慌(あわただ)しくどこかへ出て参りました。その後(あと)の淋しさは、また一倍でございます。いくら利発者でも、こうなると、さすがに心細くなるのでございましょう。そこで、心晴らしに、何気(なにげ)なく塔の奥へ行って見ると、どうでございましょう。綾や絹は愚(おろか)な事、珠玉とか砂金(さきん)とか云う金目(かねめ)の物が、皮匣(かわご)に幾つともなく、並べてあると云うじゃございませぬか。これにはああ云う気丈な娘でも、思わず肚胸(とむね)をついたそうでございます。
「物にもよりますが、こんな財物(たから)を持っているからは、もう疑(うたがい)はございませぬ。引剥(ひはぎ)でなければ、物盗(ものと)りでございます。――そう思うと、今まではただ、さびしいだけだったのが、急に、怖いのも手伝って、何だか片時(かたとき)もこうしては、いられないような気になりました。何さま、悪く放免(ほうめん)の手にでもかかろうものなら、どんな目に遭(あ)モンクレール Mayaうかも知れませぬ。
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脚は両方とも蚤

2012/9/29 
「七月×日 どうもあの若い支那人のやつは怪(け)しからぬ脚をくつけたものである。俺(おれ)の脚は両方とも蚤(のみ)の巣窟(そうくつ)と言っても好(い)い。俺は今日も事務を執(と)りながら、気違いになるくらい痒(かゆ)い思いをした。モンクレール レディースとにかく当分は全力を挙げて蚤退治(のみたいじ)の工夫(くふう)をしなければならぬ。……
「八月×日 俺は今日(きょう)マネエジャアの所へ商売のことを話しに行った。するとマネエジャアは話の中(うち)にも絶えず鼻を鳴らせている。どうも俺の脚の臭(にお)いは長靴の外にも発散するらしい。……
「九月×日 馬の脚を自由に制御(せいぎょ)することは確かに馬術よりも困難である。俺は今日午休(ひるやす)み前に急ぎの用を言いつけられたから、小走(こばし)りに梯子段(はしごだん)を走り下りた。誰でもこう言う瞬間には用のことしか思わぬものである。俺もそのためにいつの間(ま)にか馬の脚を忘れていたのであろう。あっと言う間に俺の脚は梯子段の七段目を踏み抜いてしまった。……
 彼等は手をつないだまま、もう浅瀬へはいっていた。浪(なみ)は彼等の足もとへ絶えず水吹(しぶ)きを打ち上げに来た。彼等は濡れるのを惧(おそ)れるようにそのたびにきっと飛び上った。こう言う彼等の戯(たわむ)れはこの寂しい残暑の渚と不調和に感ずるほど花やかに見えた。それは実際人間よりも蝶(ちょう)の美しさに近いものだった。僕等は風の運んで来る彼等の笑い声を聞きながら、しばらくまた渚から遠ざかる彼等の姿を眺めていた。
「感心に中々勇敢だな。」
「まだ背(せ)は立っている。」モンクレール ベスト
「もう――いや、まだ立っているな。」
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