「ち……逃がしたか」
見送る長男はいささか口惜しげだった。
「なすか君では、ないのでしょうか……あれでも認めなかったということは」
「ウン、なっす〜が犯人だったら、あのくらい慌ててたら絶対ボロ出すと思うし?」
だいたい一番下の男兄弟の扱いなんてこんなもんである。
「では、だれか他の人がお茶碗を割ったのでしょうかっ?」
「お客人さんか、パンダさんという可能性ですか」
「二人……り? えっと。どっちとも、今日はまだ見てないよ」
この場合は何と呼べばいいのだろうか。二頭でも二匹でも微妙に失礼な気がする。
「じゃ……じゃあ」
うっ、と皆背をすくませる。
「そうするとやっぱり、この中に茶碗を割った犯人がいるってことになりますよね?」
「──も一度最初から、状況を洗い直してみましょうかっ」
どこから取り出したのか、千夜が細長い棒で台所のホワイトボードを叩いた。
「わーっ☆ おもしろそうですっ☆」
星は無邪気にはしゃぐ。二時間ドラマのノリだ。
「まず、みんなのアリバイは?」
長男の問いにある者は首をひねって天井をにらみ、ある者は腕を組みつつ考える。
「う……ボク、さっきまで書斎でアルバム整理してたし」
「はいっ、星も部屋で折り紙折ってましたぁっ」
「私も部屋にいましたね……、持ち帰りの資料に目を通してたのですけれど」
「私は二階でゲームをした後、一服しに来たところだったわけで……」
テレビゲームは、三男の珍しく現代っぽい趣味である。……いや、画面にはやはり古いタイトルのロボットやアニメが踊っていたりするので、そうとも言えないかもしれない。
「そういう僕も犬の散歩してたんだよねー……、
つまり全員アリバイなしか」
「てゆーかじゃむ兄、いつ割れたのか分からなきゃ、アリバイもナニも成立しないような?」
「そうですね、お茶碗割るのは一瞬でできちゃいますし。
あ、そうだ。誰か割れた音聞いた人」
と真実が聞くが、皆首を横にふるふると動かすばかりだ。
「むー……、朝ご飯の時にはまだ割れてませんでしたよね?」
「うん、使ってたね。
じゃあ──、今朝の食器洗い当番は?」
「ボクと」
「星でしたよっ☆」
二人が小さく手を挙げて、顔を見合わせる。
「エート……もちろんその時もちゃんと洗ったし、割ったりしてたらその時に大騒ぎになってると思わナイ?」
「それもそっかあ」
「星、乾燥機に並べたの覚えてますよっ」
「でしたら、誰かがそこから何か取ろうとして、落として割った可能性が?」
「そうかもしれませんね」
でも、それが誰かは分からないわけである。
「けん君が自分のお茶碗取ろうとした時じゃないの? ほら」
千夜が急須と和見の茶碗を指さす。
「な、何ですとっ!? 千夜さんだってつまみ食いしに来たときにお茶碗やお箸は使わなかったんですかっ」
「つ、つまみ食いとお茶碗は別だもんっ!
それに、目撃されてないだけで他の人が出入りしてたかもしれないじゃない、しん君とか」
「ええぇっ、私?!」
バラエティ番組の、受け取ってすぐに次の人に渡さないと破裂する風船のように疑惑がたらい回しされている。
「一番台所を使ってるのは、しんお兄ちゃんですよねっ」
「わた……それは確かにそうですけどっ、私はお茶碗は大事に扱いますよっ」
「それは確かに」
「そーゆーとボク達がお茶碗大切にしてないみたいに聞こえるんですケドー。
でもボクだって割らないように気をつけてるよ、……しん兄怖いもん」
ぼそりとつぶやかれた最後の一言に千夜と和見がダブルクリックの速度でうなずいた。

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