しばらくお休みしていてすみませんでした。
ここの所少々取り込んでいまして・・
実は先日10月27日に私の母が亡くなりました。
とっても気丈でちょっと(いや結構)怖くて・・
私と姉と二人で談判しても勝った事がありませんでした。
土佐の「いごっそう」的な頑固さも持ち合わせた人でした。
そういう強さは「母親」だったからこそでしょうか?
う〜〜ん。。。ちょっと違うような・・??
でも寝込むまでいつも食事の用意もしてくれて
家族の世話をして心配ばかりをしているような人でした。
誰よりもclever?だったし
80歳過ぎても愛読書は「文春」と「家庭画報」という
難しくて・・でもおしゃれが好きな人でした。
演歌よりクラッシックや軽い歌謡曲が好きで
バラの絵が大好きでした。
私の影響でSMAPは全員知ってましたし^^;
よく二人で「bistro smap」を見ていました。
料理は食べるのも作るのも好きな人で
自分が苦手な牛乳やチーズの入ったグラタンなども
作ってくれました。。。。
こんな事書いてるとキリがないですね。
ただ私たちの中で「お母さん」という魔法の言葉はもう存在しないって事だけが寂しいですね。
「お母さん」っていう言葉の中にはいろんなものが詰まっていますよね。でもその言葉を言うだけで何でも願い事が叶えられるような感じで・・さしずめ「お母さん」って言うのは「魔法使い」みたいなものでしょうかね?
よく生前母は「あんた達がお母さん!って呼ぶたびに寿命が縮まる」って言ってましたけど本当にそれだけ「お母さん」って呼ぶたびに子供に帰れる魔法の言葉だったような気がします。大人となった今でもそうでしたね。
私たちには子供がいないせいかそういった意味では「親離れ」が十分にできていなかったようです。
さっきNHKでマッキーが歌っていて、その唄の中で
♪ずっとそばにいると思ってる人に対しての気持ちはどうして後回しになってしまうんだろう。「ありがとう」って言えばよかったのに♪というフレーズがありました。
そして「そうだな」って思いました。
言えなかった、伝え切れなかった言葉が今になって沢山ありすぎてもっと母と話せばよかったと少し後悔しています。
母が最後に私達姉妹に教えてくれたモノは花の名前。。
ある日曜日もうあまりしゃべらなくなった母を車椅子に乗せて強引に庭に出ました。もう秋の庭にはあまり気のきいた花は花壇にもなく、倒れそうなコスモスやシュウメイギク等が弱弱しく咲いている中で何回聞いてもその名前を忘れてしまう薄いピンクのふわふわした花が咲いていました。
「あれなんだっけ?ハギでもなくて・・すぐに忘れるね〜お母さん、なんだっけ〜?」と何気なく聞くと
「オミナエシ」という答え・・・
姉と二人で「そうよ!オミナエシよ〜!」と変わらぬ母の顔を見ながら笑い出してしまいました。。。
それが母が私たちの問いに答えてくれた最後だったかもしれません。私たちはきっと女郎花を忘れる事はないでしょうね。そんなに目をひく花ではありませんがある意味母はオミナエシのようにひっそりしっかり咲いていたような気がします。
少し湿っぽくなりましたが
秋の夜長にふと母の事を思い出して書きました。
さて!明日からまた仕事だあ〜〜〜!!
ちなみに告別式の翌日から私は元気に働いています。
お花や弔電を下さった方、また弔問にいらして下さった方、この場をお借りして取り急ぎ御礼申し上げます。
ありがとうございました。