2010/2/22

ひろしま通の集い  ひろしま通認定試験

広島城のお堀や天守閣の石垣をよく観察してみると、乱雑に積まれている石垣ときれいに積まれている石垣とがあります。乱雑に積まれている石垣は、「乱組み(らんぐみ)」といわれ、毛利輝元の時代に詰まれた石垣とのことです。そして、きれいに積まれている石垣が、後の福島正則の時代に詰まれた石垣、ふたつの時代で石垣の組み方が、まったく違うため、石垣を見れば、どの時代に組まれたのがよくわかります。

広島城天守閣のふもとにある石垣の高さは36メートル、日本のお城の大きさは、この部分の高さで決まるそうです。この高さは、江戸城、大阪城、名古屋城、姫路城に次いで、5番目に高い石垣なので、広島城は、5番目に大きいお城になるそうです。この石垣は、一見、石の隙間に足や手を差し込めば上まで登れそうですが、そう簡単には登れないような構造になっているとのこと、ただし、本当にそうなのか面白半分で登るようなことは、危険なので絶対にしないでくださいね広いお堀の石垣をずっと見ていくと途中、石垣の中に印が刻まれている石があります。

これは、当時、石組みを担当していた石細工職人の工事区域の境界線を示す印だそうです。この部分の石垣は、一部の石がなくなっていますが、この石は、福島正則が当時、無断でお城の修復をしたときに移動した石だそうです。このことが原因で、福島正則は、お咎めを受けたという言い伝えがあります。お堀の石垣の中には、貝の殻が付いた石があります。石垣に使用した石は、海の中から採掘してきたという証ですね。

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2010/2/22

ひろしま通認定試験  ひろしま通認定試験

広島駅から平和公園までの間、路面電車の中でのガイドをするボランティアを募ってはどうかというものです。これは、Hさんが「以前、シドニーの博物館で「レッドバック」という蜘蛛について、たまたま居合わせた小学生が、上手に丁寧に説明してくれ、観光地を循環しているバスのなかでも市民が声をかけ色々と教えてくれ楽しかった」という経験に裏付けられています。良い提案ですので、検討したいと思いますが、もう一つ、私からの皆さんへのお願いは、市内で修学旅行の生徒さんや広島に観光旅行等で訪れている市外からのお客さんを見掛けたら、Hさんと同じように、市民の皆さんから声を掛けて一言、「ようこそ広島へ」と伝えて頂けないかというものです。

初めはちょっと恥ずかしいかも知れません。何か聞かれたられ困る、という心配もあるかも知れません。そんな心配を少しでも減らすために、例えば、声を掛けて頂くときに役立つ知識を学ぶための「研修会」を開き、終了した人には「市民もてなしスタッフ」(仮称)といった「証明書」、ならびに広島市についての基本的な知識を簡潔にまとめた小冊子をお渡ししておくことも考えたいと思います。

何かの機会で広島を訪れる人が、「広島には修学旅行のときに来たことがあるだけです」という挨拶の代りに「広島には最初、修学旅行で来ました。それが楽しかったので、その後、何度も訪れています。もう数は数えられません」という挨拶が普通になる日を念じつつのお願いです。
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2010/2/22


以前、広島で学生生活を送った東南アジアのジャーナリストから、「多くの留学生にとって広島が一番好きな都市」であること、「それは広島の人たちが自分たちに優しかったからだ」と聞いたことがあります。広島には、ビジター倍増計画の中でも一番大切な「もてなしの心」が自然に備わっている証拠だと思っていますが、前回紹介した基本方針のA市民が主役の「観光・交流」の促進するためにも、この長所をさらに生かしたいと考えてきました。

タイミング良く、東区のHさんという方から、御自分の経験に基づく具体的な提案を頂きました。どなたにも分って頂ける内容ですし、私たちの考えていた促進策と重なる部分が多いので、御紹介の上、より多くの皆さんに御協力をお願いしたいのです。

5月のある日、午前11時ごろ広島駅から宮島行きの市電に乗ったHさんは、修学旅行中の京都市の小学校六年生の男子生徒と一緒になりました。「子供さんに地名(停留所名)の説明だけでもガイドしようと稲荷町から町名や平和の大切さ、八丁堀から紙屋町が繁華街であること、本通り、紙屋町の地下街など自分の知っていることを子供達に話しました。皆大変喜んでいました。原爆ドーム前で降りる時、手を振って有難うといってくれました。」6月に入ってからも、修学旅行中の寝屋川の小学校の女子生徒に出会い、京都の子供たちと同じように、事前に勉強している様子が分ったとのことです。

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2010/2/22

ひろしまめぐり  ひろしま修学旅行ガイド

がつけばあっというまに旅行後1月も経ってしまいました==最近はブラウザ三国志にはまってたからか(←・・・武将育成が・・・合成が・・・。私はあまり旅行に行っているつもりは無いんだけど、よくよく考えれば月1ペースで行ってたりもするんだなと、ちょっと思いました。(きっと某友人が毎週のごとく旅行してるからそれと無意識に比べてんだよ・・・)そのときは、わーブログに載せよう!と思うのに、基本熱しやすく、さめやすい性格なので、時間が経つともいいかとなるのはだめだわー。

ホテルの朝ごはんは、30種以上の洋食バイキングか、和食になるのですが、私はうわさの30種のが食べたかったんですよ;;おなかは余裕無いくせにね。和食とさけぶ相方を拝み倒して、行った朝食バイキング。・・・・・。確かに種類もあるんでが・・・・・たいしたこと無かったorz某ホテルの朝食のが色々種類もあって楽しいのに><とへこむ。(某ホテル宿泊はいつも余裕が無いため、朝ごはんはゆっくり食べられず思う存分は楽しめないですが)

もちろん朝食がよかった相方もやる気なし。そりゃそうだよね!ごめんね。。。大概私がセレクトすると失敗することが多いんだよね。。。。次回ホテル宿泊がありましたら、朝食は和食にしましょう。気を取り直して、今日はもう一つの世界遺産めぐりがメインです。平和記念公園+原爆ドームね。ホテルからは徒歩でいけます。昨日よりは収まってますが、北風吹く中、橋を渡ります。橋からは、原爆ドームもみえました。平和記念公園は2つの河にはさまれた中州っぽいとこにあるんですよね。



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2010/2/22

ひろしまレポート  小うにのひろしまレポート

手をつないでたどり着いた慰霊碑は、参拝者が多いので、もうもうとお線香の煙が立ち上り、けむいくらいです。一緒に行ったみんなとも、あっという間にはぐれてしまいました。わたしは長男と慰霊碑に向かってひざまずき、穏やかな眠りと、戦争のない世界を祈りました。横を見ると、まだ熱心に祈っている長男の横顔。「ぼくは、ぜったいにぜったい!せんそうはしないから、もうどこにもげんばくがおちませんように。いっしょにせんそうをとめてください。」とお願いしたそうです。

ここから供養塔へ行くために、ささげられた花を見ながら移動。きれいに、整然と並べられた菊の花の列の前には、この日の朝の式典で捧げられた「総理大臣」などの名前の入った大きな花輪が並んでいました。そのそばを歩いていると、母も合流。「昔は、それぞれの参列者がそれぞれの思いをこめて、色々なお花を飾ってたのにねぇ・・・。」と教えてくれました。ここから旦那さまとも合流して原爆供養塔へ。

ここは、原爆で亡くなられた身元不明の方や、私たちの親戚のように、遺骨すら残らなかった犠牲者の方たちのための供養塔です。式典が行われる慰霊碑から離れている事もあって、親族・縁者の方たち以外、あまりここにお参りする人は多くなかったのですが、最近は夜になっても多く、それぞれの宗教で慰霊行事を行っているようです。
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