2017/5/26

社長日報No.2031  

いつもいつも読んでくれてありがとうございます^_^

今日も笑顔いっぱいで志事してくれたスタッフみなさんに感謝します(*^o^*)

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1年に何人か、次のような質問をする人がいます。

「私の『本当の使命』は何でしょうか。本当の自分探しを20年やっているのですが、まだ『本当の使命』が見つかりません」

「あなたは、今、何をやっているのですか」

「主婦です」

「主婦なんですね。じゃあ、夫と子ども、まわりの家族に対してできることを、ただ淡々とやっていけばいいわけですよね。まずは、目の前のことをやる。目の前のことをやらないと、神様は上から見ていて、『家庭のこともちゃんとやれないのだから、ほかのことは任せられないよね』と思っているのかもしれませんよ」


パッと服を脱ぎ捨てて、突然、「スーパーマン」になることを夢見ている人が、世の中にはたくさんいます。

でも、「今とは違う別のところに、すごい役割やすごい能力が隠されていることは」は、残念ながらありません。


今、生きている「私」が、すでに「100点満点」なのだから、「今、やらされていること」を普通に淡々とやって、淡々と死ぬのが、「人生をまっとうすること」だと私は思います。


講演会が終わってから、私に、次のような質問をした方がいます。

「2年前、有名な神社の境内を歩いていたら、白い光が私の体に入ってきました。パアッとすごい光に包まれたのですが、あれはいったいなんだったのでしょうか?」

私の答え。

「単なる勘違いだと思います」


この人は、「あなたは、きっとすごい人なんだ。それはすごい現象だ」と私に言われたかったのでしょう。

けれど、私は「唯物論者(ゆいぶつろんじゃ・現象が「物質的」に現れない限り信じない)」です。

本当に特別な力を持った光が体に入ったのだとしたら、すでに、私に聞く必要はなかったはずです。

すごい人になったのなら「あれをやっても、これをやっても、何でもうまくいって、すでにひっぱりだこの状態になっている」と思います。

「あれは何だったのでしょうか?」と聞きに来るということは、現時点で、「何も起きていないから」であり、2年間も何も起きていないということは、「単なる勘違い」と考えるほかありません。


「自分には、何かすごいことをやる使命があるはずだ」と思っている人ほど、「目の前の人・こと・もの」を大事にしていないのかもしれません。

「頼まれたこと」を誠実にこなしている人に、「これをクリアしたので、次は別のことをやらせてみようかな…」と、神様だったら思うのではないでしょうか。


『ありがとうの奇跡』

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小林正観さんは、「頼まれたことがあったら、それをできるだけ全部引き受ける」という。

頼まれごととは、PTAや町内会、あるいは公的なボランティアのようなものから、会社や家庭の仕事も含まれる。

今、目の前に与えられた仕事だ。


ときには、自分の苦手なことも頼まれたりする。

しかし意外に、自分の苦手なことや、不得意なことの中に、人生の転機のキッカケやチャンスになることがあったりする。

だからこそ、「頼まれごと」は、文句を言わず、面白がって、淡々と引き受けることが必要だ。


頼まれごとを何年にもわたって、淡々とやっていくと、自分の使命が見えてくる。

どんな方向に動かされているのか、という神の意志のようなものをそこに感じるからだ。


自分に与えられた目の前の仕事を、淡々と一所懸命にやっている人のところにしか、次のステップはやってこない。

今の生き方がチャランポランな人に、次の飛躍につながる大きなチャンスなどはこないからだ。

まずは、目の前に与えられた仕事を一所懸命に取り組みたい。
心に灯りをともすより
一瞬一瞬の連続が人生です。

肝に銘じます!

皆さんにすべての善きことがたくさん訪れます。

さあ明日も上気元で最幸にワクワク顔晴りましょう(*^_^*)




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2017/5/24

社長日報No.2030  

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どう考えても人の道を外れているのにお金で動いてしまう、道徳心を吹き飛ばして信念を曲げてしまう人が、世の中にはいます。

自分さえ良ければいい、儲かればそれでいい。

そう考えた瞬間、その人から社会性が消えます。


社会性は「おかげさま」と「おたがいさま」の心で構成されています。

人間は社会的な生き物ですから、その人から社会性が消えると周囲が誰も助けなくなります。

「仲間ではない」と認識されるのです。


自分さえ良ければいいという人が増えると、社会の成熟度が低下し、やがて社会そのものが崩壊します。

国家が破たんするときは、こういう人が蔓延(まんえん)します。

インターネットという匿名世界ではびこる罵詈雑言(ばりぞうごん)、現実の世界で起こるストーカーやクレーマーによる事件。

眉(まゆ)をひそめたくなるような状況を見ていると、日本の社会も海外の例に漏(も)れず、成熟度が下がっている気がします。


この道徳心に関連して、大切なことがあります。

それは「人によって言葉を選ぶ」ということです。

一見すると正直さが欠けるような表現に思えるかもしれませんが、これが実はとても重要なことなのです。


人は、それぞれ成熟度が違います。

私が著書で「人生は限られた時間、楽しんで生きましょう」と書くと、それをポジティブに受け取ってくれる方もいれば、全く逆に「そもそもどうやって楽しめばいいのか?その方法を書いてないから駄本」とネットで毒を吐く方もいます。

本はどうしても一つの書き方しかできませんが、会話はいくらでも表現を変えることができます。

だからこそ、目の前にいる相手の成熟度に合わせて話をする、相手にわかる言葉、理解しやすい言葉で説明をする。

これができると相手のストレスや相手とのトラブルが減り、自分との関係性もスムーズになります。


お釈迦さまの言葉「人を見て、法を説け」は、まさに至言。

言葉選びは、気遣いです。


『身軽に生きる』

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「言葉を選ぶ」ということは、こういう言い方をすると相手は分かってくれるだろうと相手のことを考えてから話すということなんでしょうね。

だから気遣いなんですね!

気遣いが出来ない人は自分の感情のままに発してしまう。(言ってから失敗したーって思うことあります?)

感情を抑え、一息ついてから言葉を選んで話します。

そこには、「感謝」「謙虚」が必要です。

いつも「おかげさまで」の気持ちを忘れないようにします!

皆さんにすべての善きことがたくさん訪れます。

さあ明日も上気元で最幸にワクワク顔晴りましょう(*^_^*)
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2017/5/23

社長日報No.2029  

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リクルートは人材輩出会社といわれる。

「独立」「起業」のイメージも強い。

そのベースになっているのが「お前は、どうしたいの?」という問いから生まれる当事者意識だ。


リクルートの新人研修の一コマで、ある企業の管理者セミナーを見学したレポートを書かされた。

僕はセミナーの内容や手法、講師にについて学んだ点や批評を書いて提出した。

そうしたら営業部長に呼び出され、レポートを投げつけられて、叱られた。


「石橋、お前はこのセミナーを見学して今後は何を改善して何を提案すべきだと思っているんだ?それが書かれていない。お前には当事者意識が足りない!」と。

当事者意識とは、自分とは直接関係のない仕事や部署のことであっても、自分はひとりの関係者であるという意識を持って、「自分ならどうしたいか?何をなすべきか?」と考えて発信・行動することをいうのだと思う。

「他人事」を「我事化」するのだ。


当時のリクルートの誇りは、「偉大なる素人集団」というものだった。

リクルートは、新聞の求人広告のしくみもわからないド素人の江副さんが、学生時代に「企業への招待」という学生求人誌をつくったことから始まった。

素人だからこそ業界や顧客に思い切った異質の提案を出せる。

新人だからこそ、思い切って自分の意見を出せるというDNAだ。


僕は、この当事者意識はキャリアが高まるにつれて4つの段階を上ると思っている。

第1段階が「自分」。 「自分は、自分をどうしたいのか?」

第2段階が「他人」。 「自分は、他人(お客さまや職場メンバー)をどうしたいのか?」

第3段階が「会社」。 「自分は、会社をどうしたいのか?」

第4段階が「社会」。 「自分は、社会をどうしたいのか?」


人や会社を批判したくなったら、自分に問いかけてみよう。

「自分ならどうしたいのか?」と。

それを「他人」「会社」「社会」へと発展させてみれば、内側から強いエネルギーが湧いてくるのがわかるはずだ。


『困難を乗りこえる 強い自分のつくり方』

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例えばレストランに行ってサービスを受けた時に、「もし自分だったらこうするなぁ」と思うだろうか?

今、自店で働いていて「自分が経営者だったらこうした方がお客様が喜ぶだろうなぁ」と思うだろうか?

どこのお店にも、例えば給料計算書などの提出書類をきちんと書いてくる人がいます。
反対にいつも事務所からチェックが入る人もいます。

売り上げは断然きちんと書いてくる人の方が良いです。

手を抜いても平気な人は、自分を律することにもお客様にも、仲間にも手を抜いています。

何でも他人事に感じるのではなく、自分だったらと自分事として捉えることが大切であり、成長する方法です。

「自分がどうしたいのか」がないのは、周りから見ていてもわがままにしか見えません。

皆さんにすべての善きことがたくさん訪れます。

さあ明日も上気元で最幸にワクワク顔晴りましょう(*^_^*)




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2017/5/21

社長日報No.2028  

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多くの人がカン違いしているのだが、「おれのいうことを黙って聞いていればいい」という日本でありがちなリーダーのやり方は、決して「トップダウン」ではない。

では、真のトップダウンとは何か。

情報を隠すことなくオープンにしてすべての人と共有すれば、誰もが同じ判断にいたる。


すべての情報を上から下まで共有することで、誰もが同じ判断のもとで動き、社が一丸となって同じ目的に邁進(まいしん)する状況をつくり出せる。

その上で、早い判断をしていく「トップダウン」なのである。


アブラショフ(本書の著者)氏は、艦長時代、同じようにすべての情報を部下に対して開示し、情報を共有した。

無線で上司と話をするとき、全艦にそのやりとりをオープンにして部下に聞かせた。

上司を説得してくれと、部下たちは手に汗を握りながら聞いていただろう。

説得できなければ、「残念だな!」となるし、うまくやったら全員がワ―ッと声を上げ、手を叩いて喜ぶ。

その一体感が、全員の士気を上げ、艦全体を盛り上げていったのである。

アブラショフ艦長は、与えられた環境を最大限に活かし、味方につけていく天才であり、同時に艦の成果を何倍にもする素晴らしいリーダーであった。


日本のリーダーシップのあり方というのは、いまだ「GPS指導型」が主流だ。

「ホウ・レン・ソウ」、つまり「報告・連絡・相談」を重視する。

「現状を報告しなさい」

「では、まずこの問題に、このように対処して、できたらまた報告しなさい」

といった調子で、上司はさながら部下の「GPS」であるかのように、現在地点から次のステップへ行く方向も、手順も、すべて導いてしまうのである。

部下は「GPS」にしたがうだけ。

みずから考えて行動する機会を与えられず、答えだけを知ってしまう。

その仕事で成果を出したとしても、なにも学べず、なにも身につかない。

まさに「指示待ち人間」を一生懸命につくり出しているのだ。


本来、リーダーシップとは、「AI育成型」であるべきなのだ。

「AI」とは文字どおり、「人工知能」のこと。

人工知能は、そこに人間が知識を詰め込んだだけでは、人工知能たり得ない。

知識をもとに、AI自身に「学習」させるというプロセスを踏む必要がある。

人間も同じなのだ。

その仕事に明確な正しい解があるなら、マニュアル化して誰でも間違いなくこなせるようなしくみをつくればいい。

いわゆる「形式知」である。


しかし、「暗黙知」、つまり言語化できない、経験やカンをもとにした知識を自分のものにするには「AI」のごとく自分で習っていくしかない。

仕事における暗黙知の比重は、とても大きい。


「舵(かじ)をとれ。ただし航路は外れるな」

と、アブラショフ氏は書いている。

リーダーは部下に対して、自由に裁量できる権利を増やすと同時に、絶対に越えてはならない一戦を示さなければならない、という意味だ。


「ここへ到達するまではお前に任せるから、やりたいように舵をとれ。ただし、航路から外れないようにチェックは入れるぞ」

これこそ「AI育成型」のリーダーだ。

しかし、「GPS指導型」の上司は、

「おい、ちょっと右に行きすぎだぞ」「今のうちに、左に舵を切っておけ」

と、途中でいちいち指示を出す。

いわれたとおりに動くだけの部下は、なにも学べない。

この「AI育成型」のやり方で仕事を叩き込まれた人間は、自分で考え、行動し、失敗も成功もその経験を糧にしながら、着実に成長していく。


昨日反発していた部下たちが急に慕ってくるような、速効性のある一発逆転の“魔法(マジック)”のようなリーダーシップなどこの世に存在しない。

彼は、日々、地道にコツコツと、部下のことを思い、部下のためにできることを考えて、前例のない行動を起こし続けた。

海軍兵学校を出たばかりの新人は、配属される艦が決まると、自己紹介をかねて艦長に手紙を書き、返事をもらうのが習わしなのだそうだ。

しかし、彼は新人のとき、艦長から手紙の返答をもらえず、不安な日々を過ごした。

その経験から、自身が艦長になったとき、彼は新任の乗組員の配属が決まると、彼らの便りをまたずして、自分から歓迎の手紙を送った。

仕事の内容や配属までに準備をしておくこと、赴任地の情報、それに艦名入りのキャップまで送ったそうだ。

こうして迎え入れられる新人たちは、どれだけ心強かっただろう。

艦に足を踏み入れ、艦長と言葉を交わすその日を楽しみに待ったのではないか。

アブラショフ艦長は、このように地味で手間のかかるやり方を各方面で貫いて、部下を味方につけていった。


『アメリカ海軍に学ぶ「最強のリーダー」』

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軍隊も会社組織と同じなんですね(^-^)

やはりリーダーは慕われて、好かれてナンボですね!

「あの人に言われるなら、やるか♪」

って感じでしょうか?

好かれるには、共有が大切です。

秘密の部分があると信頼出来ないです。

そして、そこには恐怖や怒りは全く必要ありません。

リーダーはいつも笑顔を振りまき、何かあっても「大丈夫!オレに任せておけ!」ですね(^^)/

皆さんにすべての善きことがたくさん訪れます。

さあ明日も上気元で最幸にワクワク顔晴りましょう(*^_^*)









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2017/5/20

社長日報No.2027  

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「品がある人」って、見た目がいいだけじゃなくて、中身もすごくいいんです。

ただキレイなだけなら「品がある」とはいえないんだよね。

顔や姿がキレイでもイジワルだったり、性格が悪い人っているんです。


じゃあ、その「品がある」って何かっていうと、他人に貢献することで喜ばれる人だよね。

この地球という星は「行動の星」だから、いくら良いことを知っていても、それを行動に移さないとダメなの。

「人に親切にした方がいい」っていうことは誰でも知ってるけど、それを実際に行動に移している人って少ないんだよね。


困っている人がいたら自分のできる範囲で助けてあげるとか、公衆トイレを掃除している人を見かけたら「ありがとうございます」って声をかけるとか。

「掃除している人は、仕事でお金もらってやってるんだから当たり前」っていうのはさみしい考え方だし、「ありがとう」ってタダで言えるし、言われた方は嬉しいし、言った方も気持ちがいいんだよ。

そうやって、知っている「いいこと」を“さらっと”実践できる人が「品がある人」だと思うんだよね。


グルメとか美食家の人がいるんだけど、愛がない人って、ただ自分が有名なお店や高いお店で食べてることを自慢するんです。

それってかっこ悪いよね。

日本酒でも、なかなか手に入らない「幻の逸品」みないなお酒の話をするよりも、「やかんに直接日本酒を入れて、焚(た)き火で温めて飲む“焼燗(やきかん)”ってうまいよね」って話なら、誰でも飲むことができるんだよね。

結局、やってることや言ってることに愛がある人って、品があがる人なんです。


それと、他人が喜んでいるものを喜ばないとダメなんです。

たとえば、誰かが「俺、今日、パチンコで大勝したんだよね」って言ったら、「よかったね」って言えばいいの。

それを「私はパチンコしないから」とか「パチンコなんてくだらない」とか、言っちゃいけないんだよ。


「宝くじ買ったんだ」って言うのにも、「私は買わない」とか「そんなの、当たるわけない」じゃなくて、「当たるといいね」って言えばいい。

好きな芸能人や歌手の“追っかけ”をしているような人でも「今日、コンサートであの人と目が合ったの!」って言うのを、「向こうはあなたのことなんか見てないよ」とか言っちゃいけないの。

その人は喜んでるんだよ。

その気持ちに水を差すようなことを言っちゃダメ。

「よかったね!」とか「ついてるね!」って言えばいいの。


『斎藤一人 品をあげる人がやっていること』

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「言葉が汚い」「思いやりがない」「礼儀を知らない」「グチや悪口、泣き言が多い」「いやらしい笑い方をする」「食べ方が汚い」「身だしなみが汚い」
気持ちに水を差したり、冷やしたりする人は、言葉にトゲがある。

つまり、相手を不愉快にさせたり、嫌な気持ちにさせる人は品がないといいます。

「和顔愛語」(わげんあいご)という仏教の言葉がある。

なごやかで笑顔をたたえた顔と、愛ある言葉、思いやりのあるやさしい言葉で人に接するということ。

品がある人には、「和顔愛語」がある。

「和顔愛語」の人は、相手を喜ばせ、気分を良くさせますね(^-^)

「心に灯をともすより抜粋」

皆さんにすべての善きことがたくさん訪れます。

さあ明日も上気元で最幸にワクワク顔晴りましょう(*^_^*)



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2017/5/19

社長日報No.2026  

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人がどのように成長するかは、遺伝子で決まっているわけではない。

どんな人間になるかを決めるのはあなた自身だ。

あなたの思考が、未来のあなたを決める。

あなたの行動が、あなたという人間を決める。


人気SFシリーズ「スタートレック」でミスター・スポックを演じたレナード・ニモイはこんなことを言っている。

私はスポックからとても大きな影響を受けています。

自分がどんどんスポックみたいになっていくんですよ。

見た目だけではありません。

思考のプロセスがスポックなんです。

理論派のスポックを演じたことで、私の思考もそうなりました。

そのおかげで人生が大きく変わりました。


私は演技の学校に通ったことがある。

人前で話すのが怖いという弱点を克服するためだ。

しかし、演技の勉強にはそれ以上の効果があった。

人前であがらない方法だけでなく、もっと大切なことを学ぶことができたのだ。


演技の勉強で学んだのは、感情は自分でコントロールできるということだ。

「思考が感情をコントロールする」ということは、何度も本で読んで知っていた。

感情は思考で決まる。

思考をコントロールすれば感情もコントロールできるというわけだ。


しかし、知識として知っていても、信じてはいなかった。

私の中では、感情は巨大な力を持つ存在だった。

感情が思考を圧倒し、そのせいで一日が台なしになることもあった。

一日だけではない、人間関係を台無しにしたこともある。


すばらしい演技の先生に出会い、感情を演じるという努力を重ねた結果、私もやっと納得することができた。

たしかに感情は、思考でコントロールすることができる。


落ち込んでいる人のように考え、落ち込んでいる人のように行動すれば、本当に気分は落ち込んでいく。

やる気を出したかったら、やる気のある人のように考え、やる気のある人のように行動する。

練習を重ねれば“演技”と“本当の自分”の境界線は、どんどんあいまいになっていく。


すばらしい俳優たちの演技を見るのはとても楽しい。

それは、彼らが演じている役柄そのものに見えるからだ。

反対にヘタな俳優は、役柄になりきることができない。

そのせいで観客も、なんだかニセモノを見せられているようで物語に入り込めなくなってしまう。

しかし私たち自身も、そのヘタな役者たちと同じことをしがちだ。

なりたい自分を演じないことで、本当になりたい自分になるチャンスをみすみす逃してしまっている。

最初から本物でなくてもかまわない。

リハーサルを重ねれば、それはいつしか本物になる。


『自分を変える89の方法』ディスカヴァー

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感情のままに生きるのは、動物のようなものです。

自分の思い通りに行かないからと怒りの感情を出していたなら、ボクなんて怒ってばかりになってしまう(^_^)

自分がどんな人間になりたいのか、決めてしまえばあとはそのなりたい自分を演じるだけ

やがて本当にそのような人間になるのだと思います。

一生を演劇と思い主人公を演ずる。

その主人公は自分の思い通りの性格になることが出来ます!

その思考(考え方)が正しければ、必ず私たちは幸せになれるはずです。

「思考が感情をコントロールする」

皆さんにすべての善きことがたくさん訪れます。

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2017/5/18

社長日報No.2025  

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今日は東京で会議。

小松イオンで人気のいきなりステーを食べました!

300?は諦めました(^^)

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ビジネスの世界において、エンパワーメントほど広く受け入れられながら、それでいて思うようおに進んでいかないものはありません。

エンパワーメントとは、自律した社員が自らの力で仕事を進めていける環境をつくろうとする取り組みです。

社員のなかで眠っている能力を引き出し、最大限に活用することをめざしています。


複雑さとダイナミックさが増す世界で生き残ろうとする組織にとって、避けて通れない課題と言えるでしょう。

エンパワーされた社員は、組織と自分自身の両方に利益をもたらします。

仕事にも生活にも強い目的意識をもって取り組み、会社の仕組みや業務の進め方を改善し続ける原動力となります。

エンパワーメントが実現すれば、社員は最善のアイデアを生み、最高の仕事をするようになります。

熱意をもって、自分のこととして、そして誇りをもって仕事に取組みます。

会社の利益と自らの目標を高いレベルで融合させ、責任をもって行動するようになるのです。


上司が管理し、部下は管理される、という伝統的なマネジメント・モデルは、もはや効力を失っています。

エンパワーされた職場をつくろうとする経営者は、社員を駒のように使う指揮命令的発想から、全社員が自らの責任感に導かれて最善を尽くせるような支援的発想に頭を切り替えなくてはなりません。

エンパワーメント重視の経営へと舵を切りたければ、組織というものについての認識を大胆に変えなくてはなりません。

経営者も社員も、杓子定規な階層意識を捨て、エンパワーされることを学ぶ必要があります。

しかし残念ながら、ビジネスリーダーの多くは、人間がもともともっている力を引き出すのがエンパワーメントだということを理解しておらず、エンパワーメントを実現させる道筋も知らないようです。


『社員の力で最高のチームをつくる』ダイヤモンド社

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エンパワーメントには、次の3つの鍵が必要になる。

【第1の鍵】 正確な情報を全社員と共有する

【第2の鍵】 境界線を明確にして自律的な働き方を促す

【第3の鍵】 階層組織をセルフマネジメント・チームで置き換える

トップダウンではなくボトムアップで社員の考えや意見を吸い上げ成果を出す。

仕事に熱意と誇りを持つ!

自分の目標と会社の目標を高いレベルで融合させ、責任を持って行動する!

こういう活発な組織にしていかなければなりませんね(^^)/

皆さんにすべての善きことがたくさん訪れます。

さあ明日も上気元で最幸にワクワク顔晴りましょう(*^_^*)

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2017/5/17

社長日報No.2024  

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私は結婚と就職は似ていると思っていて、どちらも人生にとって大事な決断です。

 

結婚の相手選びの時には、外見・ステータスだけで決める人はあまり多くないと思うのですが、就職においては、新卒の就職人気ランキングを見ても大手・安定企業が並んでいて、いわゆる外見で選んでいる人があまりにも多いと感じています。

 

転職においても、20代から30代前半くらいまではこの傾向が強いです。

 

 

では、そのような大手企業以外の会社では、いい人材を採ることができないのでしょうか。

 

もちろん、答えはNOです。

 

で、どうすればいいかというと、『外見で勝てないなら、性格で勝負するしかない』ということです。

 

 

VUCA(ブーカ)という言葉をご存知でしょうか?

 

これからはこのVUCAの時代だと言われています。

 

VUCAとは、Volatility (不安定)、 Uncertainty (不確実)、 Complexity ( 複雑性)、 Ambiguity ( 曖昧性)の頭文字を合わせた軍事用語で、ここ数年でビジネスの世界でもよく耳にするようになりました。

 

つまり、先の見えない変化の時代ということです。

 

このような変化の時代においては、今まで培った経験・知識が意味を持たなくなるかもしれません。

 

 

では、VUCA時代にどのように生きていけばいいかといういと、ズバリ変化対応能力の高い人・組織を築いていくということです。

 

逆に言うと、変化を嫌う安定大好きな人・組織では間違いなく通用しなくなっていくでしょう。

 

 

これまでは誰かがつくったレールの上をきっちり、真面目に通っていけばよかったのかもしれませんが、これからはレールが分かれていたり、途中で切れてなくなっていたりするわけです。

 

それでも、意思決定して、進んでいかなくてはいけません。

 

「なにをするか」というのは変化の激しい時代の中で変わっていきます。

 

まさに「組織は戦略に従う」という時代から「戦略は人・組織に従う」という時代にシフトしていきます。

 

現在の自社のメイン事業が5年後・10年後も同じとは限りませんし、むしろ変わっている方が多いかもしれません。

 

つまり大事なのは「誰とするか、誰がするか」といった人・組織であり、いかに変化していけるかということです。

 

 

私の好きな本に『ビジョナリー・カンパニー2飛躍の法則』(ジム・コリンズ著)という本があります。

 

特にこの本の第3章の「だれをバスに乗せるのか」という内容が好きなのですが、このようなことが書いてあります。

 

 

「このバスでどこへ行くべきかはわからない。しかし、わかっていることもある。適切な人がバスに乗り、適切な人はそれぞれふさわしい席につき、不適切な人がバスから降りれば、素晴らしい場所に行く方法を決められるはずだ」

 

すなわち、「何をすべきか」ではなく、「誰を選ぶか」から始めれば環境変化に適応しやすくなるということです。

 

まさにこれからの時代を見通したような内容でびっくりしますが、変化の時代だからこそ、人が大事だということです。

 

とても本質的ないい言葉だと思っています。

 

「いい人材が集まる、性格のいい会社」

 

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昔は「年寄りのいうことを聞いておけば大丈夫」とよく言われていました。

もちろん体制なこともあるけれど、今の時代はあまりにもスピードが速いです。


変えてはいけないものは創業の精神。

しかしやり方や方法は変えなければならない。


まさしく感性が問われる時代です。


たくさんのことを色んな事柄から学んでいく必要があります。そして、みんなで同じものを見て感じることが良いと思います。


「どこに行くかより、誰と行くか」


そんなチームにしていきます!


皆さんにすべての善きことがたくさん訪れます。


さあ明日も上気元で最幸にワクワク顔晴りましょう(*^_^*)



そのためには、


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2017/5/16

社長日報No.2023  

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どうも、私たちには、「見ているのに見えていないもの」が、たくさんあるようです。

 

私自身にも知らないがゆえに「見えないもの」が、山ほどあるに違いありません。

 

その中の、とても重要なものに気がつきました。

 

 

「幸せ」というものです。

 

実は、私たちは「幸せ」というものの本質を知らなかったのかもしれません。

 

「見てはいる」けれども、「見てはいない」ものの一つに、「幸せ」というものがあるように思えます。

 

 

結論を言ってしまえば、「幸せ」の本質は「日常」なのです。

 

「山のあなたの空遠く」にあるわけではありません。

 

 

例えば、偏頭痛の人がいるとします。

 

ずっと偏頭痛に悩んできた人は、「もしこの偏頭痛が消えてくれたら、どんなに幸せだろう」と思っていることでしょう。

 

そして、ある日突然、その偏頭痛が消えたら、「何もない」「静かで平穏な」日々が、どれほど「幸せ」であるか、を実感するのです。

 

 

では、その偏頭痛が今まで全くなかった人は、どれほど「幸せ」であったのか。

 

まさしく「幸せ」の海の中に暮らしてきたのです。

 

ですが、それが(偏頭痛が持続していたことが)自分の生活になかったがゆえに、自分が「幸せ」の中に暮らしていることを知りませんでした。

 

 

「知らない」がゆえに「見えない」ものが、たくさんある。

 

目に入っているにもかかわらず、「見えない」し、「わからない」「認識できない」のです。

 

その代表的な例が「幸せ」であるのかもしれません。

 

 

ある人が、例えば台所で、タクアンを切ながら、「あーあ、幸せ」と言ったとします。

 

その人は、台所でタクアンを切っているだけで「幸せ」なのですから、「どこに行かなくても」幸せ、であるのです。

 

「どこへ行かなくても幸せ」な人は、「どこに行かなくてもよい」のですから、「どこに出かけてもよい」ということになります。

 

 

ドイツの詩人、カール・ブッセは、「山のあなたの空遠く『幸い』住むと 人のいう」と、詩に書きました。

 

「ああ われひとと 尋(と)めゆきて」というのは、「友人と泊りがけで旅に行ってきたが」ということです。

 

けれども、「涙さしぐみ かえりきぬ」、涙ながらに帰ってきたのだそうです。

 

つまり、「幸」に会うことはできず、「悲しくて」涙を流しながら帰ってきた、ということなのです。

 

 

それでも、「山のあなたに なお遠く 『幸』住むと人のいう」、とカール・ブッセは書いたのでした。

 

海の中に住む魚には「海」の姿がわかりません。

 

同様に、「幸」の中に住む人間には「幸」の姿がわからない。

 

「見てはいる」が「見えていないもの」が、世の中にはたくさんあるのかもしれません。

 

「生きる大事、死ぬ大事 死を通して見えてくる幸せな生き方」

 

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「イライラさせる人がいる」わけではなく、「イライラする自分」がいるだけです

 

同様に、「幸せという状態」があるのではなく「幸せを感じる自分」がいるだけ。

 

全ての人が感じる「幸せな状態」などありません?


無くなって初めて気づくのが幸せなんですね。

 

苦しみがあるからこそ幸せがある


皆さんにすべての善きことがたくさん訪れます。


さあ明日も上気元で最幸にワクワク顔晴りましょう(*^_^*)


 


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2017/5/14

社長日報No.2022  

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ある高校の校長先生に聞いた話です。

その学校の剣道部の部長は剣道初段にすぎませんでした。

自分がそれほどの腕ではないと思っていたせいか、生徒が試合に勝ったりすると非常にほめて、「そのやり方でいいぞ。がんばれ」と励ましたのだそうです。

「欠点などどうでもいいよ。得意技だけを磨け」というのが口癖でした。

おもしろいことにこのような指導を受けた生徒は学業成績もよくなったというのです。


次に部長となった先生は剣道四段でした。

前の先生は甘やかしすぎたとして、悪いところはびしびし直すという指導法でした。

ところがそれから三年たって生徒は欠点を直すことだけに力を使ってしまい、あまり技に進歩がなかったというのです。

それどころか、生徒の学業成績も芳しくなかったそうです。


校長先生は「ある学校が一つの競技で県で優勝したりすると、他の部も皆強くなるといわれますが、その理由がわかったような気がします」と言っていました。

校長のお話はたいへん示唆的です。


「自分はだめだと思っている人を、人はばかにする」という外国のことわざもあります。

ですから、まず自分が優れていると思うべきなのです。

禅では自分が本来仏であるという気持ちをしっかり持つべきだ、とされます。

また禅の修業は、仏でない者が仏になろうという修業ではなく、自分は本来仏と同じ心をもっていたと気づかせてくれるものだとされます。


南嶽(なんがく)という僧は六祖慧能(えのう)の法を継がれた方です。

南嶽の下で若き日の馬祖同一(ばそどういつ)が修行していました。

馬祖はのちに中国唐代の禅宗発展の中心となる僧です。


ある日、南嶽が瓦(かわら)をごしごし磨きだしました。

馬祖は変に思い、「何をなさっているのですか」と訊きました。

「うん、瓦を磨いている」

「瓦を磨いてどうするおつもりですか」

「鏡にしようと思う」

これを聞いて馬祖が「瓦をいかに磨いても鏡にはならないでしょう」と問い返しました。


すると南嶽が唐突に「お前はここで何をしている」と問い返しました。

「座禅をしています」と答えると、南嶽は「座禅をして何になる」と訊いたのです。

「座禅をして仏になろうと思っています」と答えました。

すると南嶽は「瓦を磨いても鏡にならないように、座禅をしても仏にはなれまい」と言ったのです。

驚いた馬祖は「それではいったいどうしたらよいのでしょうか」と問いました。

南嶽の答えは「もし牛馬が動かなくなったら車をたたくか、牛を叩くか」というものでした。

この言葉で目が覚めた馬祖は南嶽の下で本気で修行を積み、法を継いだのです。


南嶽は馬祖の修行がルーティンワークに陥っていると見て、抽象的な悟りを求めてはいけないと、このような奇妙な言動で釘を刺したのでしょう。

このエピソードが示しているのは、座禅をしても仏にはなれないということではありません。

私たちの修行は、瓦を磨いて鏡にしようというような不可能なことをしているのではないということです。

最も大事なことは、本来持っている鏡を磨いて、さらにきれいにし、そのきれいな心で自分の仏心を自覚することなのです。


『心が奮い立つ禅の名言』双葉社

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自分を磨くためにすることとは、自分を認めるということなのでしょうね(^^)

他人を伸ばすには、良いところを見つけほめて認める(^_^)

鏡を磨いて、磨いて磨き抜きます(^-^)

皆さんにすべての善きことがたくさん訪れます。

さあ明日も上気元で最幸にワクワク顔晴りましょう(*^_^*)
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