はなこのアンテナ@〜無知の知

映画のこと、美術のこと、ボランティア活動のこと、
日々見聞きしたこと、感じたこと、考えたこと…
◆スパム対策として、コメント&TBは
 承認制を採用しております◆

 

アクセスありがとう♪

  • 本日のアクセス
  • 昨日のアクセス
  • 総アクセス数

カレンダー

2009年
← December →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

検索


ウェブ全体 サイト内

  • ウェブ全体
  • サイト内

プロフィール

フリー枠1

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS
この記事へのコメント一覧
※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:管理人はなこ
ヌマンタさん、はじめまして。コメントをありがとうございます。

ヌマンタさんのブログには何度か伺ったことがあり(記事を読ませていただいただけです)、闘病経験がお有りなのも存じておりました。そうですか。抗がん剤を服用されたこともお有りなのですね。よく耐えられましたね。

私もネット等で知る限りですが、抗がん剤というのは、がん細胞の分裂を阻害するよう働きかける薬ではあるものの、同時に他の正常な細胞も傷つけてしまうそうですね。それが脱毛や口内炎や吐き気や倦怠感などの症状として患者を苦しめる。

友人も人知れず苦しんでいたのかと思うと、しかも頑張ったのに、その甲斐もなく亡くなってしまったのかと思うと、とてもとても悲しいです。仰るように副作用の少ない抗がん剤の開発、もしくはもっと違った形の画期的な治療法が確立されて欲しいと切に願います。

体力の落ちた彼女に、健常者でさえ登り切った時には肩で息するほどの学校の階段は、本当にきつかっただろうなと思います。彼女は本当によく頑張りました。もう十分頑張ったから、天国ではのんびり過ごして欲しいです。
投稿者:ヌマンタ
はじめまして。ごみつさんを始め他のブログでもお見かけしていたと思うのですが、こちらにコメントするのは初めてです。

私は免疫系の難病暦があり、かつて入院中に抗ガン剤(免疫抑制剤)を服用していたことがあります。あれは本当にキツイです。入院中に知り合った十代の女の子は、髪が抜けるのが嫌でクスリを捨ててしまい、その後亡くなりました。副作用の少ない抗ガン剤の開発を望みます。あれは本当にきついです。
投稿者:管理人はなこ
sir_cryさん、コメントをありがとうございます。

仰る通り、自分と同世代の人の死は身につまされて衝撃が大きいですね。

Sさんは最後にお会いした卒業式の時、本当にいつもと変わりないご様子だったので、まさか闘病中とは知らず、私は近日中にまたお会いできると思い込んでいましたし、闘病中であることを告げられた電話でも、いつものように穏やかな口調でいらしたので、私はこれほどまでに深刻な事態であったとは気づけなかったのです。「若い」故にがん細胞の増殖が活発で進行が早かったのかもしれません。

彼女との電話の1週間後には父の容態急変の知らせが実家からあり、その後は1カ月ほど父のことや息子の大学入学で係りきりにもなってしまいました。それも落ち着いたところで、件の友人とSさんの近況を気に懸けていた矢先の訃報でした。

ご主人に伺った話では、肺に転移が認められた時点で原発部分の乳がんの摘出手術を行ったそうなのですが、その結果、つかえの取れた肺がんが猛烈な勢いで増殖してしまったのだそうです。こんな皮肉な話があるでしょうか?

しかし人生は長さではなく、生き様でしょうから、彼女は彼女の人生を精一杯全うされたのだと思います。不思議な巡り合わせですが、彼女の死を知らされた日の朝に、私は美術館で、髑髏、砂時計、ガラスの花瓶等、一見バラバラなように見えて、その実、「いつか朽ち果てる」という共通寓意を有し、転じて「限られた人生を精一杯生きよ」と言うメッセージの込められた17世紀オランダのヴァニタス画を、子ども達と一緒に見ていたのでした。彼女の若過ぎる死も、私に生き様を問うているような気がします。
「はなこさん。あなたは、今、この時を、精一杯生きていますか?」と。
投稿者:sir_cry
 はなこさんのご心痛お察しいたします。私も昨年夏、大学時代の級友ですがその年のクラス会に来なかったので、家も近いせいもあり、初めて彼の家を訪問して暫し歓談して来援のクラス会は必ず行くと聞いて安心して帰宅しました。しかし、昨年12月27日に亡くなったと息子さんから連絡があり(その時に手土産と名刺を置いて来たので)、呆然としました。55名のクラスですが9番目の他界でした。身辺で同じ年代の人が亡くなると非常に感慨深くなる昨今です。

http://ameblo.jp/sir-cry
Powered by teacup.ブログ “AutoPage”