2016/12/8

はなこ、危うきに近寄らず  日々のよしなしごと

 別に君子でもないのですが、武芸に通じているわけでもない非力なおばさんなので、私は危うい場所には最初から近づかないし、最近は物騒な事件を報道で多く目にすることもあり、危ういと言うか変な人が近くにいたら、対峙せずに逃げることにしました。

 実は昨日、「続・深夜食堂」を見に映画館へ行ったのですが、上映開始早々から、斜め後部座席の人に座席の背もたれを何度も蹴られました。たまりかねて注意したのですが、その人は「自分はしていない」と言い張りました。

 人間ですから一度や二度は誤って足が前の座席にぶつかることはあると思うので私も見逃しますが、椅子のクッション具合にもよるとは言え、何度も背中に衝撃が伝わるような蹴られ方をしたので、たまらず振り返って注意したのです。

 見ると、スーツ姿の私の夫と同年配の男性でした。何度も足を組み替えているようで、その度に足先が私の椅子の背もたれにぶつかっているようでした。加えて、その人は貧乏ゆすりをしているのか、コツコツ靴音を響かせているのです。風邪もひいているようで、何度も咳き込むのですが、マスクもしていませんでした。

 映画は、深夜営業のみの食堂を舞台に繰り広げられる、心がほっこりするような人情話でとても面白かったので、後方の変なおじさんと無駄に関わって大事なシーンを見逃すのはもったいないし、周りの他の観客にも迷惑と思い、平日の午後でそれほど混んでいないのを幸いに、途中で私は席を列の端へと移動しました。

 しかし、その直後にもドーンと音が響き、端の私の席まで揺れるような衝撃が走りました。今度はわざと背もたれを蹴ったんですかね?そして、最後まで何度も足を組み替えているのか、その度に衝撃が伝わって来ました。端の席だったので、元の座席よりはマシでしたが…なんか陰湿な感じ。

 こういうケースでは若い人の方がよほど謙虚ですぐに謝ってくれ、以降は滅多に足が背もたれにぶつかることなんてありません。と言うか、全般的に若い世代は気が回らないだけで根は素直、注意すればすぐさま対応できる心の柔軟さはある、と言う印象。どうにも性質(タチ)が悪いのは中高年世代です。

 夫にこのことを話したところ、「変な人なんだから、そういう時は逃げないと。関わらない方が身のためだよ。」と言われました。

 確かに、何か遭った時に自分で自分の身を守れないのであれば、やはり自ら危険に飛び込むようなことは避けるべきですね。そして、人のフリ見て、自分の行いも正すこと。

 傍若無人が世の中にのさばるのは悔しいけれど、非力な身では、できるだけそういう輩から離れるしか術はないのですね。

 ドラマや映画に出て来るような武芸に秀でたヒーロー(←ジェット・リーの姿が思い浮かぶ…)が、現実社会にもいたら良いのにな。 
0

2016/12/7

今年最後の小春日和?  日々のよしなしごと

クリックすると元のサイズで表示します

 昨日も上野の美術館でSGTでした。
 この日の気温は18度まで上がり、加えて雲一つない晴天でした。
 晩秋を彩るイチョウの黄金色が真っ青な空に映えて、その美しさはひとしおでした。
 
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します 時折吹く風でイチョウの枝が大きく揺れる度に、何十枚ものイチョウの黄金色の葉が、日の光を浴びてキラキラと輝きながら舞い落ちていました。さながら桜吹雪ならぬ"イチョウ吹雪"のようでした(笑)。

 まさに見惚れるような美しさでしたが、あいにく仕事中だったのでスマホを持っておらず、その瞬間を写真に収めることは出来ませんでした。

 SGTを終えての帰り道、"イチョウ吹雪"は黄金色の絨毯となって、一面を覆い尽くしていました。

 特に上野のイチョウは大木が多いので落葉の量が尋常ではなく、幾重にも重なって葉と葉の間には空気を含んでいるのか、それを踏みしめた時のフワッと柔らかな感触は靴越しにも心地よいものでした。

 10年以上、毎週のように通った道ですが、これほどまでに見事な黄金色の絨毯の上を歩いたのは初めてです。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します ロダンのブロンズ彫刻作品も、鮮やかな黄金色を背景に、いつもとは違った印象を、見る者に与えるようです。

 渾身の力を込めて下唇に拳を押し当てた≪考える人≫は、晴天の下、黄金色に輝くイチョウを背に、あたかも寒い冬が来る前のひとときを日向ぼっこをして楽しんでいるかのように見えました。

 ≪カレーの市民≫の囚われの6人も、晩秋の暖かな日差しを全身に浴びて、しばし自身の不遇を忘れて穏やかに佇んでいるかのように見えました。

 同じ頃、世界のどこかでは深刻な事態が起こっていたのかもしれませんが、上野では多くの市民が晩秋の小春日和を思い思いに楽しんでいたのは間違いないでしょう。

 道行く人々の楽し気な様子を見ながら、私はふと思いました。「平和だなあ」と。

 この状況が当たり前過ぎて、何か大事なことを忘れてしまっているような気もします。

 
 来週も上野に行く予定ですが、刻一刻と冬支度を進めているであろう上野の森は、昨日とは違った姿を来週は見せてくれるのでしょうね。

クリックすると元のサイズで表示します


0

2016/12/1

子どもを見れば親が分かる  はなこのMEMO

 「親の顔が見たい」と言う言葉があります。

 ある人が非常識な言動をしたり、信じがたい犯罪に手を染めたのを目の当たりにすると、つい口をついて出てしまう言葉でしょうか?

 私はたまたま仕事柄(まあ、無給のボランティアですけれど)、子ども達と接する機会が多いのですが、子ども達の言動にも、親の日頃の子育て、子どもへの向き合い方が透けて見えるような気がします。

 私がスクール・ギャラリートーク(以下、SGT)で気になるのは、子どもの「学力の高低」や「知識の有無」ではありません。何より注目するのは、その場に相応しい行動をとれるかどうかです。

 SGTは学校行事として学校単位で参加するものですから、子どもは否応なく美術館を訪れることになります。内心「美術になんか興味ないや」「美術館なんて窮屈」「みんなと一緒に行動するのは嫌だな」と思っている子どもも少なからずいるのかもしれません。

 それでも正式な学校行事に、ある学校に在籍している児童生徒として参加している以上、年齢なりに自分を律して、その場に相応しい行動をとる必要があります。
 
 例えば、作品に触れない、館内で騒がない等の「鑑賞ルールを守る」、また、SGTはグループごとに作品を幾つか鑑賞し、互いに感想を述べ合う形式なので、「出来るだけ発言する」、そして「他の人の言葉にも耳を傾ける」ことが求められます。

 しかし、年齢によっては思春期独特の反抗期に当たる児童生徒もおり、最初から斜に構えた態度であからさまに参加への拒否の姿勢を見せる子どももいます。それはそれで、意欲的に参加しようとしているグループの他のメンバーに対する妨害行為さえしなければ許容範囲です。

 たとえSGT参加への拒否の姿勢を見せていたとしても、一応、美術館の空間に身を置いているので、作品を見ていないようで実際は見ているものです。ある美術教師曰く「子どもは皮膚からでも吸収する」ので、その子の内にも美術館へ行った何らかの痕跡が残るはずなのです。

 ただし、何を学ぶにしても、最大の効果を上げるのは「素直な気持ちで臨むこと」でしょう。「素直であること」は学習者としての強みとも言えます。もちろん、反抗期自体は子どもの精神的自立を促す上で大事な成長のプロセスであり、これを否定するものではありません。

 問題は他のメンバーの真面目な意見に茶々を入れる行為です。その発言がきちんと根拠のある反論なら構わないのですが、明らかに発言者を貶めるような、馬鹿にするような発言の場合、私は発言の根拠を質し、きちんと根拠を説明できないのであれば、「友達の発言は尊重すべき」と明言します。

 特に女子に多いのですが(と言っても稀なケースですが)、2、3人でたまに私自身を茶化すような態度を見せる場合もあるのですが、この場合は注意するのも馬鹿らしい(時間も限られている)ので無視します。

 常識的に見て、これは目上の人に対する態度としては失礼なもので、親は日頃からどのような躾けをしているのか、子どもにどのような自身の姿を見せているのでしょうか。

 SGT自体せいぜい45分前後のものなので、小学校高学年にもなれば、これくらいの時間は集中力を維持できるようにしたいですね。

 こうした学校での集団行動を通して、子ども達には将来社会に出てから必要な協調性や自制心や忍耐力を培うと共に、学校生活で提供されるさまざまな機会に主体的に、積極的に参加して、自分の世界をどんどん広げて行って欲しいですね。

 その前提として、日頃からの家庭での教育はとても大切。

 その場に相応しい行動をとるよう心掛けること、忍耐強く物事に取り組むこと、約束やルールを守ること、そして他者を尊重すること。これらのことは幼い頃から家庭できちんと教えるべきことだと思います。

 少なくとも学校で多発していると言われるイジメ問題も、その根っこにあるのはいじめる側の親の問題だと思います。こと人間関係(や人権感覚)に関しては、子どもは日頃の親の姿から学んでいるに違いないのですから(実際、子どもの発言は、親が家庭で口にしていることを鵜呑みにして、そのまま口にしていることが多いのでしょう。子どもに誤った先入観を植え付けるのも親であるケースが多いと思います)。 

【追記】

 新潟市で、一部の児童生徒達が、福島県から避難している児童生徒の名前の後に「菌」をつけて呼んでいたのを注意するどころか、担任教師自ら口にしていたと言う報道がありました。どういう経緯で口にしたのか詳細は不明ですが、「○○菌」と口にしたこと自体、「人権意識の低い教師だな」と言わざるを得ません。

 この教師は被害者の親から相談を受けていたそうですが、例えば子ども達に注意するにしても、具体名を挙げずに「人の名前の後に『菌』をつけるのは、その人に対して失礼なことだし、ましてや今回のケースは事故が原因で止む無く故郷から避難をしている人に対する行為。これは人間として思いやりのない、恥ずべきことだ」と言えば済む話。

 私自身、息子がいじめに遭った時に、担任教師が最後までいじめの存在を認めなかったことに失望したのを覚えています。一連の報道を見ても、担任教師は自身のクラスでいじめが発生していることをなかなか認めたがらない傾向があるようです。

 だとすれば、すべての学校に第三者的立場で児童生徒を巡る問題に対応できるスクール・カウンセラーを置き、教育委員会や児童相談所と連携して問題に対処するなどの措置が必要なのではないかと思います。

 本来はいじめがあると認定された場合、いじめの加害者親子にカウセリングを実施し、その歪んだ意識を正して、心からの反省を促すべきだと思うのですが、社会では問題の発覚が繰り返されるだけで、なかなか具体的な対策の方向へは動きませんね
0

2016/12/1

人のさりげない気遣いが心に沁みる  日々のよしなしごと

 このところ体調を見ながらいろいろなことを同時進行でこなさなければならず、要領の悪い私はこのブログまで手が回りません。

 本当は最近見た映画の感想やら、以前書いた記事で大幅に加筆修正する為に一旦引っ込めた記事やら、まだ途中までしか書いておらず完成していない記事等々、書きたいと思いながら手つかずになっている記事が多数あります。

 家事では日曜日にひとつの山場があり、それを越えたら少し落ち着けそうなので、追々書いて行こうと思います。


 さて表題の件について、短い記事をば。

 私自身、基本的には、人と友好的に接したいし、人に対して親切でありたいと思っています。

 何か困っている人を目の前にしたら、できるだけ躊躇せずに手を差し伸べるよう努力もしています。

 もちろん損得勘定抜きで、相手からの感謝や周りからの称賛を期待してでもありません。社会で生きている人間として当たり前のことだと思うからです。

 しかし、自分の行いは巡り巡って自分に返って来るのだなと思う出来事が最近2つありました。些細なことかもしれませんが、素直に嬉しかったので、ここに書き留めておきます。
 
 ひとつはバスの中で。バスの最後部の座席に腰掛けた時のこと。買い物袋を幾つか抱えた私に、左隣の若い女性が身体を反対側に寄せて私との間に小さなスペースを作ってくれ、「よろしければ、こちらにお荷物をどうぞ」と言ってくれたのです。

 息子と同年配のOL風の女性の思いがけない気遣いに、「こんなお嬢さんが息子のお嫁さんになってくれないかしら?」と思いました(笑)。

 もうひとつは、久しぶりに訪れたハンバーガーショップで。たまたま席についたテーブルの紙ナプキン入れが、あいにく空っぽでした。店は満席で、店員さんは忙しなく働いている様子でしたので、必要になれば持参したティッシュペーパーを使えばいいや、ぐらいに私は思っていました。

 ところが、思いがけず近くのテーブルにいた年配女性が、食事を終えて席から立たれたついでに、ご自分のテーブルにあった紙ナプキンのありったけを、私達のテーブルまで持って来て下さったのです。

 人懐こい笑顔で「店員さんがちゃんと補充しないから」と仰いながら…(直後に店員さんが女性の言動で気づいたのか、女性の座っていた席の紙ナプキンを補充しました)

 夫の「紙ナプキンがないや」のひとことを耳にしての、咄嗟の心遣いであったようです。

 
 見知らぬお二人の方々のご親切に恐縮しつつも、心がほっこりとしました。

 人に親切にされたら、やはり嬉しいものです。その受けた親切を他の誰かにお返しすることで社会が「善意の鎖」で繋がり、より居心地の良いものになればと、心から願います。
0

2016/11/28

最近、ちょっと気になること  はなこのMEMO

 駅地下のパン屋さんでパンを買っている間、外から子どもの叫び声が響いていた。

 買い物を終えて店を出ると、人が行き交う通路の真ん中で2〜3歳位の女の子が床に大の字になって何やら叫んでいた。

 その足元には、女の子に靴を履かせようとしている母親らしき女性がいた。少し離れた場所に、荷物を積んだベビーカーと共に父親らしき男性がぼんやり立っていた。

 店とエスカレーターの間にある通路の幅はそれほど広くない。しかも時間帯は夕方で、多くの人が行き交う通路である。買い物客らは直径2.5m程度を占拠している親子の周りを迂回するようにして、エスカレーターへと向かう形になっていた。

 どうして、この親子は公共空間である通路を占拠して、ふてくされて床に寝転んだ女の子に悠長に靴など履かせてあげているのだろう?

 父親や母親がなだめるなり叱るなりして、この女の子を床から抱き起こすことを、なぜしないのだろう?

 なぜ、母親もしくは父親が我が子をしっかり抱きしめて、その高ぶった神経を少しでも落ち着かせようとしないのだろう?

 せめて通路の真ん中でなく、他の人の歩行の妨げにならない場所へと移動しないのだろうか?

 女の子のわがままぶりより、両親の周りへの配慮の欠片もない思考停止ぶりが気になった(夫婦して、それほどまでに我が子の扱いに途方にくれ、子育てに疲れているのだろうか?)。特に父親の傍観者然とした姿が気になった。なぜ、こうした場面で傍観者としていられるのだ?なぜ父親としてイニシアチブをとらない?


 一部の子どもに見られる"癇癪"や"利かん気"は殆どが一過性のものであり、その多くは親の躾けによって改善されたり、子どもの成長によって自然に解消するものである。

 しかし、稀に器質的なものもある。それでも専門家のもとで適切な療育を受ければ、程度にもよるが自分の感情をコントロールする術を学び、社会の中で身内以外の誰かとも良好な関係を結ぶことで、生きづらさを軽減して生きて行けるようになると言う。

 だから、件の子どもを疎ましくは思わない。問題は両親の子どもへの向き合い方だ。

 育て方が難しい子どもであっても、その子が将来自立して社会で生きて行く為に、親として出来ることが何かあるはずだ。その何かを必死に探すぐらいのことはして欲しい。それは、子どもをこの世に送り出した者として果たすべき責任でもある。

 その意味で、子育ては母親任せにせず、父親も主体的に関わるべきだ。そして自分達だけで子育ての悩みが解消できないのならば、遠慮せず、体面など気にせずに誰かに助けを求めるべきだろう。

 近年は核家族化の進展で、親も孤立しがちだ。だからこそ行政や医療機関が協力して子育てに悩む親達を支えるしっかりとした仕組みを構築し、その周知にも力を入れることは大事だし、「社会全体で子どもを育てる」と言う合意形成を図って、私達ひとりひとりもけっして他人事とは思わずに、子育てに何らかの形で継続的に関わって行く必要があるのかもしれない。

 その意味では、件の親子に何か言葉をかけてあげるべきだったかなと、今にして思う。
0

2016/11/27

人間観察  日々のよしなしごと

 私は外出先で注意深く人間を観察している。

 このブログでしばしば登場する女子トイレは格好の人間観察の場である。

 常に待ち行列のできる映画館や劇場の女子トイレでは列の並び方で、「通常あらゆる場面で"気配り"を見せる女性」の大半が、「他人の目が気にならない場所」において、「利害関係のない他人に対して」はかなり無頓着であることが一目瞭然である。

 残念ながら、トイレの個室と洗面所の配置から、どう並べば個室から出て来た人の動線を妨げることなく並んでいる人が空いた個室に入り、スムーズに行列の解消が図れるか、全く考えていない人が多い。全然頭を使わずに、ただ前の人の後ろについているだけの人があまりにも多い。

 尤もトイレに入るのにイチイチそんなことに頭を使っていられるか、と言う反論も、どこからか聞こえてきそうだ…

 特に女性の場合、公共の場でも自分と親しい間柄の人間しか視野に入っておらず、周りの状況を一顧だにしない特徴がある。

 入店を待っている人がいるのも構わずカフェに長居したり、大声で話したり、建物の出入り口で話し込んだり、歩道で横に広がっておしゃべりしながらダラダラ歩いたり…

 先日もトイレから出ようとドアを開けたら、入ろうとする女性2人組と対面したので道を譲ると、その後に10人位の女子高校生の集団が続き、しばらくドアの前で待たされる羽目に陥った。

 誰も出ようとする私に気付かなかったのだ。本当に視野が狭いなあ。出入口はひとつなのに、よくもまあ出る人のことを全く考慮せずに、10人?もぞろぞろと続けて入ることが出来るものだと呆れてしまった。

 もちろん、「ちょっと出たいんですけど、誰も譲ってくれないんですかね?」と皮肉を込めて言ったのだが、聞いてないんだか、聞こえてないんだか、誰ひとり立ち止まらなかった。

 一事が万事こんな具合だから、夫がしばしば口にする「一般に女性は自分のことしか考えていない"自己中"な存在だ。」に反論できないのだ。

 この点に関しては、同じ女性としてチョット残念である。


 また、注意深く人物の動きを観察することで、将来起こりうる事態も予測することが出来たりする。

 昨日、久しぶりに行き付けの中華料理店に、夫婦でランチを食べに行った。そこは地元では名の知られた老舗だが、ランチなら千円台前半で楽しめる。

 私達夫婦は正午過ぎから始まった映画を見終わった後にその店を訪れたのだが、ちょうど法事帰りと思しき団体客(大人は全員ブラックフォーマル姿で僧侶2人も帯同していた)が食事を終えて店を出ようとしていたところだった。連れの幼い子ども数人が店頭で騒いでいた(最近、公共の場で子どもが騒いでいるのを放置している親が多いのも気になる。公共の場でどう振舞うべきか、幼い頃から躾けたりしないのかなあ?)

 男性給仕が私達夫婦を店内に案内することになったのだが、繁忙の昼時を過ぎた後の疲れが、その男性の顔に色濃く出ていた。この時点で何だか嫌な予感…

 私達の存在など忘れてしまったのか、ホール入り口で給仕の男性は心ここにあらずと言った感じで立ちすくんだ。

 見かねて「どこに座ったら良いのでしょう?」とこちらから尋ねて初めて我に返った様子の男性給仕。その彼が案内したのは、ピーク時を過ぎて店内はほとんどガラガラの状態なのに、なぜかすぐ隣に客がいる席。通常なら席に余裕がある場合、他の客とは間隔をあけて席に案内するのに…

 内心、変だなあと思いながらも着席後、サービスランチを2人前と、前回来店時に貰ったドリンク無料サービス券を件の給仕に手渡して食後の飲物を頼んだ。

 ここでさらに気になったのが、彼がオーダーを復唱しなかったこと。いつもならスタッフが復唱して、きちんとオーダーを確認する店である。やはりぼんやりした様子で、彼は入口の方へ行ってしまった。

 私は思わず夫に「今、あの人、注文を復唱しなかったんだけど大丈夫かしら?」と不安を口にした。

 食事を終えて会計を済ませようとレジに行くと、案の定、請求額が間違っていた。無料サービスのドリンクの代金もカウントされていたのだ。危うく千円以上多く支払わされるところだった。

 件の男性給仕が私達の注文を受けた後、明細を機械に打ち込む時に間違えたらしい。よほど疲れていたのだろうなあ…

 私の夫も些か不注意と言うか、細かいことに頓着しないところがあるので、彼に支払いを任せていたら、おそらく言われるままに支払っていたと思う。

 今回のように、日常でも何が起こるか分からないから、せめてヒューマンエラーは自分自身の観察力で防ぎたいと思う。実際、ほんの少し注意を払うだけで防げる失敗は少なくないはずだ。

 注意深く観察していると、結構人って、いろいろやらかしている。何気ない仕草や行動で、その人の普段の暮らしぶりさえ何となく想像がついてしまう。

 もちろん、自分も誰かに観察される側になるのは十分あり得ることなので、日頃の振舞いには多少なりとも緊張感が必要だと思っている。

 都会に住んでいると、「知らない人が殆ど」の気楽さからついつい忘れがちなのだが、自分を律する為には、常に「誰かが見ている」「お天道様が見ている」と言う意識は大切なんだろうなあ。
0

2016/11/27

菊名池公園で「小さい秋」見つけました  散歩の記録

クリックすると元のサイズで表示します

 東急東横線妙蓮寺駅正面にある妙蓮寺境内。そもそも東横線が妙蓮寺の敷地内を通っているんですね。

 当初は線路の敷設の為に東急電鉄側から寺は移転を打診されたらしいのですが、妙蓮寺自体、かつてJR横浜線敷設の為に移転を余儀なくされた寺がもうひとつの寺と合併してできた寺なので、さすがに再度の移転には難色を示して、寺の敷地内に線路を通すことを許した形なんだとか。

クリックすると元のサイズで表示します 昨日は爽やかに晴れて日差しも暖かく、私自身の体調も比較的良かったので、自宅から電車で15分ほどの場所にある菊名池公園に行って来ました。

 最寄り駅は東急東横線妙蓮寺駅です。駅から徒歩5分ほどの立地です。

 地元の人が楽しむ小さな公園ですが、そこかしこに晩秋の風情があり、夫婦ふたりでのんびり池の周りを散策したり、ベンチに腰掛け、持参したおにぎりを頬張ったり読書をしたりして、2時間半ほどここで過ごしました。

 池を泳ぐ可愛らしい鴨の群れ、紅や黄に色づいたモミジやイチョウ、風に揺れる柳、地面に柔らかな斑点を描く木漏れ日、そして足元には一面を覆い尽くす落ち葉の絨毯…それらのひとつひとつが五感を心地よく刺激して、穏やかな気持ちにさせてくれました。

 人間も自然の一部ですから、季節の移ろいを感じる生活は大切ですね。

 今回は愛用のサイバーショット携帯を自宅に忘れてしまったので、気の向くままスマホで撮影してみました。私の目を通して見る「菊名池公園の2016年11月26日(土)の姿」とでも言いましょうか。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

 私がこうして写真に残したように、画家は自然が描き出した色彩の饗宴に感銘を受けて、懸命に画布に写し取ったのでしょうね。これまでに見て来た日本画を思い起こさせる色合いの美しさです。
クリックすると元のサイズで表示します
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

 夫が風景に溶け込んだような画像。まさに人間を風景の一部として描いたクロード・モネのような感覚…
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


2

2016/11/22

「マイ・ベストフレンド」(原題:MISS YOU ALREADY、2015)  映画(今年公開の映画を中心に)

クリックすると元のサイズで表示します

 マイ・ベストフレンド〜親友と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、郷里にいるKちゃんの姿だ。

 彼女とは中学校で1度クラスが一緒になったきりで、高校もそれぞれ違う学校へと進んだのだが、なぜかウマが合う上に家が近所だったこともあってずっと仲が良く、20代で私が上京後遠く離れても、私の人生の節目では常に私の傍にいてくれた人だ。彼女との付き合いはかれこれ40年近いが、彼女以上に長い付き合いの友人達がいる中でも、特に深い絆を感じる存在である。

 今では年に一度会えるか会えないかであっても、会えば、ずっと一緒に過ごして来たような、それまでの時間や距離の隔たりを一切感じさせない感覚で話せる相手である。

 変人気質の私のことだから、ここまで長く変わりない関係が続いているのは彼女の大らかさ、懐の深さに助けられている部分が大きいのかもしれない。彼女は人の為に自己犠牲を厭わない、芯から心優しい女性なのだ。


 映画のヒロイン、ミリーとジェスは、米国人のジェスが転校先のロンドンの小学校の教室でミリーと出会って以来の親友同士だ。ふたりは常に互いの人生に寄り添い、数々の思い出を共有して来た。

 ふたりがそれぞれキット、ジェイゴと結婚し、ミリーが2人の子を育てながら職業人としてキャリアを積む一方で、ジェスはなかなか子どもに恵まれず、夫とふたりボートハウスで暮らしながら不妊治療を続けると言う境遇の違いが出て来ても、ふたりの絆に変化はなかった。

 しかし、すべてが順風満帆と見えたミリーの人生に、思いがけない病が襲いかかる。そして、ジェスは待望の妊娠。病に苦しむミリーに、ジェスは自分の妊娠のことをなかなか言い出せない。

つづく…
0

2016/11/22

地震で目が覚める  日々のよしなしごと

 夫が毎朝六時にラジオが起動するよう設定しているのですが、今朝はいきなり地震警報が流れてビックリしました。

 避難の呼びかけも緊迫感があって怖かったです。

 つい最近、二ュージーランドで比較的大きな地震が発生したこともあり、二ュージーランドの震災から1ヶ月も置かずに発生した5年前の東日本大震災のことを思い出して、用心はしていました。

 福島県沖、深さ10キロを震源とするマグニチュード7.3の今回の地震では、福島県沿岸部に3メートルの津波警報も出ました。

 これが、さらに大きな地震の予震でないことを祈るばかりです。

 一応、心の備えと言うか、覚悟はしておこうと思います。
0

2016/11/21

風邪のひきはじめ  日々のよしなしごと

 ちょっと無理なスケジュールが祟ってか、喉に違和感を覚え、咳がゴホッ、ゴホッと出始めました。

 これはもしや風邪の引き始め?!こじらせたら大変だと思い、葛根湯を飲み、且つ、首、手首、足首の「3首」を冷やさないよう気を付けて、身体を温かくして、いつもより早めに寝ました

 風邪は心身の疲れから…

 食事にも身体を温めるネギやショウガなどの食材を取り入れ、とにかく身体を温かくして、十分な睡眠をとることですね。


 まさに睡眠で身体や脳(心)を休めることの大切さをしみじみ感じる、今日この頃です。
0

2016/11/15

英語を勉強して良かったと思うこと  はなこ的考察―良いこと探し

 今や「英語帝国主義」と揶揄されるほど、英語と言う言語が「国際語」として世界で広く使われているのは誰もが知るところだ。

 幾つかある大学の評価ランキングでも、英語圏の大学が英語の「汎用性」と言う強みで軒並み上位を占めているし、アジア圏でも英語教育に力を入れている国々の大学が近年急速にランクを上げている。逆に比較的英語力に劣る日本の大学はランクが下降気味だ。

 結局、ランキングの評価指標のひとつである「国際化」では、多国籍の学生や教員を集める為に、実質国際語としての機能を果たしている英語による授業の実施は必須となりつつあるし、学術レベルの指標となっている「論文引用数」でも、それぞれの母国語で書かれた論文よりも英語論文の方が有利である。今や「仏語至上主義」で有名なフランスの大学でさえ、コースによっては英語での授業が行われていると聞く。

 ビジネスシーンでも英語が幅をきかせており、国際競争が高まる産業分野では、ビジネスマンも英語が出来なければ話にならない傾向は強まる一方だ。さらに職業スキルに加えて英語力があれば、自国を飛び出して世界で活躍できる可能性も高くなる。

 フィリピン人はその英語力を生かし、さまざまな国で出稼ぎ労働者として従事し、そこで得た収入を本国へ送金して脆弱な国家財政を支えているし、近年のIT業界ではワールドワイドにインド人の活躍が目覚ましい。また、英米の医学部では多くのインド人留学生が学んでいると聞く。

 日経11月9日(水)夕刊16面の記事「自由席」では、フィリピンの出稼ぎ労働者を描いた映画について紹介していた。

 これまで数々の国際映画祭で受賞実績のあるフィリピンを代表する映画監督ブリランテ・メンドーサ氏が手掛けたオムニバス作品の内の一編で、タイトルは「SHINIUMA Dead Horse」。「北海道の牧場で馬の世話をしてきたフィリピン人労働者が不法滞在で強制送還となり、故郷の村に帰る物語」で、「外国への出稼ぎがフィリピン経済の重要な財源になっている現実と皮肉を描いた」と言う。

 「俳優に脚本を渡さず、人物の置かれた状況を説明、俳優がそこから感じ取った肉体表現を撮る。映像で語る力を信じ、『編集後、音を消してそれでも内容が伝わるか検証する』」と言うくだりに、彼は現代のオーギュスト・ロダンだなと思った。

 19世紀フランスを代表する彫刻家ロダンは、人間の感情や思考と言った内面を、人体の荒々しく躍動する筋肉で表現した人である。
 

 さらに、インターネットで使用されている言語のシェアは英語が圧倒的に高く、英語力の有無が情報格差を生み出すと言っても過言ではない。

 故に、自分自身の視野を広げたい人間は否応なしに、個人的な好き嫌いに関係なく、英語を学ぶことは必須となっている(逆に海外に一切関心のない人、好奇心が旺盛でない人には、英語を学ぶ必然性はないのかもしれない)

 元気だった頃の私の父は海外を渡り歩く船員だったので、自宅にたまに父の船員仲間の外国人も訪ねて来るなど、英語は幼い頃から比較的身近な存在だった。米国には、米国人と結婚した父方の叔母一家も住んでいた。そのせいか、中学に入学して英語を学び始めた時も特に苦手意識を感じることなく、高校生の時には、いつの間にかある程度しゃべれるようになっていた。

 ただし、あくまでもコミュニケーションの手段として使用する言語だと割り切っているので、英文学を原文で楽しむと言った向きではない。私にとっての英語は、英字新聞やテレビのBBCやCNNで世界の最新ニュースを入手したり、洋画や洋楽をオリジナル音声で楽しんだり、海外旅行でスムーズに現地の人とコミュニケーションを取る為のツールだ。

 だから英語を言葉として深く味わうと言うより、自分にはまず伝えたい、或は語り合いたいトピックがあり、そのことについて日本人以外の世界の人々に伝えたり、共に語り合う為に英語を使う、と言う感覚である。

 短大時代の恩師も仰っていたが、要は日本語でどれだけの知識を蓄えているかが重要で、その前提知識があるからこそ、海外ニュースを見聞した時に英語を完璧に理解せずとも、その概要を把握できると言うことである。日本語で知っていることを英語ではこう表現するのかと理解し、記憶して、それを実際の会話で使う。その繰り返しで語彙も自然に増えて行く。

 逆に英語が多少しゃべれたとしても、何の知識もなければ会話は続かず、相互理解までには至らないだろう。英語力云々以前に母語での教養が大切だと思う。

 仮にたまに間違った理解があったとしても、誰かに指摘されたり、自分で気づけば、後で幾らでも修正は可能だ。間違いを恐れないこと。完璧でなければと思い過ぎないこと。それが英語によるコミュニケーションを気軽に行うコツだと思う。

 先日は、交換留学生として現在一橋大学に学ぶ英国人女性と話す機会があった。英国人と言っても生まれこそロンドンだが、そのルーツはアフリカのソマリアである。彼女の両親はソマリア人で、当地の政情不安から逃れて英国に移民した人々らしい。しかし、彼女が6歳の時に母親が病死し、その後彼女は英国人女性とエジプト人男性の夫婦に養女として引き取られたと言う。

 もちろん、彼女と会話をしながら頭の中では、ソマリアがアフリカのどの位置にあるのか、ソマリアの現在の状況はどうなのか、そしてソマリアと日本の関わり等、いろいろなことを思い巡らせていた。ソマリアについての予備知識が皆無では、彼女が語る話の本質も理解できなかっただろう。

さらに先日のEU離脱について聞いてみると、「あれは誤った判断だ」と悲し気な表情を見せた。若い人の多くは、より広い活躍の場を奪われたようなショックを感じ、英国への先行きの不安も抱えているそうだ。

 英語と言うツールで、遠いアフリカにルーツを持つ英国人と交流ができ、そこから世界の複雑な情勢の一端を知ることも出来る。これこそが、英語を学ぶことの醍醐味だと思う。

 英語を学んだおかげで、幼い頃夢見た海外暮らしが実現した時も一切不安はなかったし(←まあ、これは「なんとかなるさ」のお気楽精神のなせる業とも言えるが…)、海外へも積極的に旅に出て、気軽に旅先でさまざまな国々の人々とコミュニケーションを取ることが出来た(←おかげで危険とニアミスしたことも多々あれど…)


 結局、何事も、出来ないよりは出来た方が人生はより楽しくなる、と言うことなのかもしれない。ともあれ、食わず嫌いはもったいない。

 私のこうした価値観は、確実に息子にも引き継がれていると思う。
0

2016/11/15

本来、本当に勉強したい者だけが大学には行けば良い  はなこ的考察―良いこと探し

 私は若い頃、出来れば四年制大学の国文学科か社会学科に進学したかったのですが、それは家庭の事情で叶いませんでした。

 私が11歳の時、家を購入した翌年に父が病に倒れ、それまでの仕事を辞めなければならなくなり、その上、父は通院中に交通事故にも遭うなどして、その後長らく家計が大変な状況に置かれたのです。

 さらに私が10歳の時に生まれた末妹は両股関節脱臼症で生まれた為に、約4年間コの字型に開脚した状態で股関節をギプスで固定されていて、特に世話が必要な状態でした。

 父の蓄えが多少あったらしく、どうにか住宅ローンは払い続けることができたので新居を手放すことはなかったのですが、日々の生活費はそれまで専業主婦だった母が仕事に出て捻出する必要がありました。

 当初母が手掛ける予定であった自宅1階の小さな書店兼文房具店は、休日はともかく平日は、まだ10歳か11歳の私が学校から帰って来てから、店番を担当することになりました。夕方には一旦自宅のある2階に上がり、米をとぎ炊飯器をセットし、夕食のおかずを一品作るのも私の担当でした。

 末妹の世話は自宅療養中の父が主に担当したのですが、私が中一の時には、さらに父の郷里で未婚の叔母と住んでいた認知症の祖父を、叔母の結婚を機に引き取ることになったので、私の家は家計と人手の面で大変な状況になりました。

 当時の母の負担は相当なものであったと思います。当時は今のように老人用紙おむつがあったのか覚えていないのですが、祖父は昔ながらに褌を着用しており、所構わず排尿・排便をするので、その後始末も母と私とでやりました。

 結局、書店兼文房具店はすぐ近隣に専業の店が出来たこともあり、私の中学卒業間近に、開業から僅か5年で閉めました。その後は貸事務所として企業に貸し出しました。

 次妹が幼い頃に交通事故死していたこともあり、3人の弟妹とは少し年が離れていたので、両親は私のことをかなり頼りにしていました。私が高校を卒業後は公務員になって家計を助けてくれることを期待していました。ことあるごとに父親には公務員になれと言われました。

 しかし、これといった産業もない地方都市では若年層の就職先は限られており、公務員は人気の就職先のひとつ。競争倍率も高く、採用段階では、現在はともかく当時はコネが堂々とまかり通る状況でした。

 私は高校時代の校内公務員模試では1位の成績で、就職試験も1次のペーパーテストは通るのですが、実際に同級生で採用されたのは、明らかに学校の成績は私より下の、市長の後援会会長の娘や市会議員の息子、国家公務員にしても一族全員が公務員と言う家の娘でした。

 父は他県の出身者で母は商家の出身と、公務員関係のコネなど皆無。今でもその時に感じた虚しさや悔しさは覚えています。故郷に対する屈折した思いも、このことが原因の一つだと言えるでしょう。

 国家公務員の採用候補者名簿に名前は記載されたものの(漠然と「本当は大学に行って勉強したいなあ」と思っていました。親に黙って共通一次試験を受験し、自己採点では希望の学科へ入学が可能な点数は取っていました)、進路が決まらないまま高校の卒業が迫った頃に、父がどうしたものか、地元の小さな建設会社の一般事務の職を見つけて来ました。有無を言わさず、4月からそこで働くことになりました。

 高校の普通科出身で経理が出来るわけでもなく、何の資格も持っていない私が出来る仕事は限られていました。毎朝の掃除、お茶くみ、日雇い職人の日当計算、見積書の和文タイプ等。ベテランの経理職員の先輩女性から指導を受け、内心嫌々ながら働き始めました。

 一方、高校時代の親しかった友人はほぼ全員が県内外の大学か短大、或は翌年の大学進学を目指して予備校に通っていました。こうした彼我の違いにも、私は打ちのめされていました。

 数年前、会社の元同僚で同い年の友人に「なぜ、はなこちゃんは4年制大学に進学しなかったの?」と聞かれました。両親が学校教師で、地方から都内の大学への進学も許された彼女には、私の過去など想像もつかないでしょう。その時、私は過去の辛かった記憶が一気に蘇って、言葉になりませんでした。


 担当した仕事で特に嫌だったのはトイレ掃除です。会社の事務所の外にトイレは独立してあったのですが、とにかく職人さん達のトイレの使い方が汚い。日に何度も便器の外に飛び散った他人の排泄物を片づけていました。トイレさえ後の人の為にきれいに使えない人達に呆れたと同時に、そうした人々と同じ環境にいる自分がとても惨めに思えました。

 また、ある時、社長の使いで取引先の会社に小切手を届けに行った時には、こちらには何の落ち度もないのに理不尽な扱いを受けたことがありました。人間はどこに勤めているかでその人自身が値踏みされ、ここまで差別されるのかと実感した出来事でした。

 さらに私がうんざりしたのは、ここで働き続けることに明るい自分の未来像を描けないことでした。会社には現場監督が3人いたのですが、年配のベテランの方(この方は私の父と同郷の人でしたが、なかなかの人格者でした)はともかく、2人の30代の現場監督の社内での扱いの差に不快感を覚えました。

 片や社長の息子で福岡の二流大出ながら将来の社長候補、片や地元の国立大出の生真面目そうな男性。跡継ぎの息子は性格自体はそれほど悪くないのですが、やはり社長の息子と言う甘えがその態度の端々に見えました。しかし、彼は跡取り息子だから誰もが一目置いている。

 一方、国立大出で地元では一般的にエリートとして見られる男性は、彼の能力の割には会社の中で軽んじられている印象でした。職人さんの中にはインテリをあからさまに馬鹿にする風潮もありました。小さな会社でのつまらない力関係を傍で見ていて、こんな会社で何十年も働き続ければ、自分が人間として駄目になってしまうと思いました。

 勤務は(月)〜(土)8時〜18時勤務、毎月の給与は7万円プラス交通費5,000円、1年目はボーナスなし。40年近く前の話ですが、当時としても給与や待遇は良いものではなかったと思います。 

 私は入社して3カ月過ぎた頃には、(いろいろ指導してくださったベテランの女性社員には申し訳ないのですが)翌年の自力での大学進学を心に決めていました。家に給与の内3〜3.5万円を入れ、後は贅沢を一切せずに学資の為にひたすら貯金しました。子どもの頃から父親の言われるがままに長子として我慢に我慢を重ねていたのですが、あまりにも絶望的な状況に、堪忍袋の緒が切れてしまったのです。
 
 これからは父が何と言おうが自分の人生を生きる、と心に決めました(さすがに母が可哀想なので、家出は考えもしませんでした)。当時の愛読書は山本有三の「路傍の石」。繰り返し読んで、自分を励まし続けました。


 現実問題として学費の調達は自分でしなければならず、バイトと奨学金で賄おうと考えました。とりあえず入学時に必要な30万円を入学前までに貯めることにしました。さらに私が大学に通っている間、家への入金が滞ることに難色を示すであろう父親を説得する為に、4年制大学は諦め、地元でも就職率の高いことで評判の良い短大の英語科へ進学することにしました。

 その短大の試験科目は現代国語と英語と小論文だったのですが、高校在学時、現代国語の成績は学年トップで英語や小論文(国語教師の指名により在校生代表で学校の創立記念誌にエッセイを寄稿)も得意だったので、特別な勉強はしなくとも合格は確実と見ていました(一応、前年その短大に入学した友人から問題集を譲って貰い、2カ月程勉強はしました)

 実際、その短大には好成績で合格したらしく、入学時に成績順で振り分けられるクラスでは最上位のクラスでした。ある初めての授業では、初対面の教授に「君が○○君か?」と言われました。以来、その教授とは在学中に教授の研究の手伝いをさせていただくなど何かと目をかけていただき、卒業から30年経った今に至るまで親交が続いています。

 在学中は無事奨学金も貸与できて、週に3〜4日、夕方6時から夜中の12時まで24時間営業のレストランでウエイトレスのバイトをして学費を賄い、日々勉強に励みました。

 当時はハマトラ・ファッション花盛りの女子大生ブームが起きていましたが、私自身は常にバイトと勉強による慢性的な睡眠不足で、そんな華やかさとは無縁でした。しかし、充実した毎日を送っているとの自負はありました。

 そして、短大もほぼオール優の成績で卒業し、無事大手企業に就職を果たし(←時代状況として当時、女性は専門職でない限り四年制大学より短大の方が就職に有利でした。その短大から私他3人が初めてその企業に就職したこともあり、翌年の短大の就活研修に、就活体験談を語るOBとして招かれました)、以後の人生はあの最初の就職時代からは想像もつかないほど充実したものとなりました。

 
 人生を自ら切り開く為に教育がいかに重要なのかを身を以て知った自身の経験から、無為に過ごしている大学生を冷ややかに見てしまう自分がいます。さまざまな場所で馬鹿丸出しの言動をしている大学生を見かけると、内心腹を立てています。

 せっかく教育に理解のある親の元に生まれ、大学にも何の苦も無く進学させて貰ったのに、なぜ、その幸運に感謝して勉学に励まないのか。大学生としての自覚を持って、知性を磨くことをしないのかと。

 理解ある夫のおかげで、私は36歳の時に改めて四年制大学に社会人入学しましたが、学費を出してくれた夫への感謝を胸に、徹夜も辞さずに猛勉強してほぼオールAの成績を修め、卒業時には総代を務めました。

 しかし、目指す仕事のジャンルによるとは思いますが、やはり「鉄は熱いうちに打て」です。出来れば遠回りのルートを辿らずに若いうちに勉学の機会を持った方が、自身の能力を生かす場の選択肢も多くなります。職業によっては年齢で諦めなければならないものもある。

 私は自分の与えられた環境で最善を尽くしたつもりですが、職業人生では幾ばくかの後悔があります。自分が子どもの頃から憧れた職業には、それに挑戦する機会すらありませんでした(その点、息子は努力の甲斐あって、幼い頃から夢見た職業に就けたので本当に良かったと思います。私の分まで、好きな場所で自分のやりたいことに思いっきり打ち込んで欲しい)

 ところで、この二度目の学生時代に、授業中に講師に全く敬意を払わず教室の後方で私語を続けている学生に対して、私は堪らず口頭で注意したことがありますが、件の学生達には何の反省もなく、逆に悪態をつかれました。日本で最も古い女子大のひとつでこの有様に、とてもガッカリしたのを今でもハッキリと覚えています。だから私は声を大にして言いたいのです。

 他の真面目な学生の勉強を妨害をするような学生は授業に出ないで欲しい。

 エマニュエル・トッド氏によれば、米国の大学では4割の学生が卒業できずに途中でドロップアウトするのだそうです。その原因には成績不振の他に学費が払えない為と言う理由があります。

 そもそも日本(大学の学費が基本的に無料のドイツも。その代わりドイツは中学進学の段階で将来大学進学か職人を目指すかにコースが分かれるので、大学進学率は低く、国家予算に占める高等教育の予算は比較的抑制されているようです。しかし、卒業することが難しいのか、或は大学の居心地が良すぎるのか、平均在籍年数は8年にも及ぶらしい)以外の先進国では一部の富裕層を除いて殆どの学生は、自分自身で学生ローンを組むなどして大学の学費を賄っています。卒業も難しいので学生は必死に勉強する。

 中国もGDPが日本を抜いて世界第2位となるなど国が経済的に豊かになったのに、大学進学率は殆ど上がっていません。つまり、中国の大学生は、苛烈な競争を経た超エリートなのです。

 日本のぬるま湯に浸かった学生(←もちろん、真摯に勉学に取り組んでいる学生は除く)は、もっと世界を見るべきです。自分達がいかに世界の水準に遠く及ばないのか、グローバルの競争社会ではまったく太刀打ちできない非エリートであることを、はっきりと自覚するべきだと思います。

 そもそも、端から勉強する気のない者は大学に進学すべきではないのです。大学を社会人デビューを先延ばしする為のモラトリアムの場にしてはいけないのです。社会人デビューを先延ばしたいだけの幼い人間には、大学以外の器を社会も用意すべきなのかもしれません。 
0

2016/11/14

溢れるモノや情報と、私達はどう付き合うか?  はなこ的考察―良いこと探し

 先日、明治神宮外苑で行われたイベント会場で起きた不幸な死亡事故は、火災に遭った展示物を出展した大学生たちの、白熱灯に関する無知が原因であったと特定されつつある。

 息子を見ていても思うのだが、理系の「専門バカ」ぶりは、昔以上に加速しつつあるのかもしれない。あまりにも新旧の技術、モノ、情報が彼らを取り囲んでおり、個人でそのすべてを把握することはほぼ不可能に近いのだ。

 さらにSNSやゲーム等の「時間泥棒」も存在し、時間が幾らあっても足りない。

 よほどの優れた情報処理能力がなければ、これらの厖大な情報を、限られた時間で効率的に処理することなど出来ない。おそらく、自分や息子や夫を含めて大多数の凡庸な人間には、それは無理なことだ。

 だから、上述の事故が発生した、大勢の人が集まる公のイベントなどでは、何人もの人の目を介した多重の安全確認作業が必要である。個人では難しいからチームワークで互いの不足を補いあう。できれば、さまざまな分野のスペシャリストを配して、安全対策に漏れのないようにすることが理想だろう。

 人の生死に関わることとは思いもよらず、当日たまたま思いつきで、その日に限って展示物の内部に設置した白熱灯。おそらく第三者による安全確認は受けていない。

 少なくとも学生の白熱灯の危険性への認識不足と展示形式変更を主催者側へ連絡しなかった思慮不足、そして主催者側の安全管理の不備の3つが重なって、取り返しのつかないことが起きてしまった。

 人ひとりが亡くなって初めて気づくと言う、私達の愚かさ、無知蒙昧ぶりは罪深い。同様のことは過去に何度も繰り返されて来たと思う。

 思うに、失敗をシステマティックに分析し、二度と同じ過ちを繰り返さない方策を考える、畑村洋太郎先生提唱の「失敗学」を、社会でもっと普及させるべきではないか?

【「失敗学」に関するブログ内記事】

「失敗学」を知っていますか?

人間がいる限り事故はなくならない

畑村洋太郎氏からの提言

   
 こういう重大事でなくとも、もっと身近なところで私達のメモリーのオーバーフローは起きている。

 例えば、中高年世代のモバイル機器との付き合い方である。

 電車やバス等の公共交通機関で決まって携帯電話の呼び出し音を鳴らしているのは中高年層である。未だにマナーモードを知らない人もいる。さらにその場で電話に出て、話し始める人までいる。

 昨日は映画館で同様の事態が起きた。まさに映画が上映中の場内で、携帯電話の呼び出し音がしばし鳴り響き(最初は映画の中で鳴っているものと思っていた)、あろうことかその持ち主は電話に出て「今、映画館で映画を見ているところなの。後で電話して」とのたまったのだ。

 感動的なストーリーが展開する中で、作品世界からいきなり現実に引き戻されたような不快感。こんなことはこれまで映画館で何千と映画を見て来て、初めての経験だった。

 新しい商品が出たら、それを社会で円滑に使う為のマナーが、さまざまな軋轢を経て醸成される。そういう社会の動きに多くの中高年層は上手く対応できないでいる。マナーを知ってか知らずか、マナー違反を繰り返して周囲を困惑させる。

 ただし、それを放置している周囲にも責任はある。その場で注意して、マナーを理解させることが大切だ。何度も繰り返し注意されれば、さすがのお年寄りも理解するだろう。

 見ず知らずの他人に注意するのは勇気が要るし、面倒臭いこともでもある。しかし、一事が万事、私達の他者への無関心が、昨今の社会秩序の乱れを生んでいるようにも感じる。

 と思って、件の迷惑な年配の観客を上映終了後注意しようと思ったら、その人はエンドロール開始早々に場内から出て行ってしまった。
 
 見たところ60代と思しき女性、余韻もへったくれもなくそそくさと立ち去って、果たして映画を心から楽しんだのかな?
0

2016/11/14

「ボクの妻と結婚してください。」(日本、2016)  映画(今年公開の映画を中心に)

クリックすると元のサイズで表示します

 またまた1カ月フリーパスポートで見たのだけれど、この作品ばかりは夫婦で見れば良かったかな。

 余命半年を宣告された主人公が放送作家ならではの発想力で、自身亡きあとの妻と息子を想って考えだした人生最後の渾身の企画。

 それは奇想天外で、何とも非常識なんだけれど、その根底にあるのが残される妻と息子に対する深い愛情だから、見る者としてはその後の展開も納得できた。

 どうせ死ぬのなら、自分が死んだ後に残される大切な人達に、精一杯の愛情を注ぎたい、温かな思いを残したい。そんな主人公の切なる思いに共感できた。 

 見ている間ずっと、夫や息子の姿が脳裏に浮かんでいた。彼らが自分にとっていかに大切な存在なのかを切実に感じながら…

 これは闘病記ではなく、夫婦愛、家族愛を描いた作品。ひとりの人間が自身の死期を悟って、残された時間をどう生きるか決断した物語。

 生物は生まれたら、例外なくすべていつか死に行くもの、生まれ落ちた瞬間から死に向かって生きて行くものだけれど、「いかに生きるか」の点で人間には本能以外に個人の意思が存在する。

 どう生き、どう死ぬかは自分自身にかかっている。本作は、そのことを改めて思い起こさせた。

 人生にとって最も大切なのは、社会的地位や名誉や富を得る事ではなく、自分が関わった人々と生涯に渡ってどれだけ温かな関係を築けるか?互いに理解しあい、思い合える存在であり続けられるか?

 本作に通底しているのは、原作者のそんな思いであったように感じた。

 夫に時間が出来たら、今度は是非、夫婦で見てみたい。


 最後に、主演を務めた織田裕二さん、妻役の吉田羊さん、息子役の込江海翔君、そして原田泰造さんや大杉錬さんなど、彼らの達者で真摯な演技によって、作品の世界へと深く引き込まれました。感謝。

映画「ボクの妻と結婚してください。」公式HP

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 映画を見終わった後の温かな思いとは裏腹に、夫婦間の愛情にまつわることで、ゾッとするようなことも思い出した。

 今から10年以上前の二度目の大学生時代に、同じ学科の友人と3人で、深夜の長距離バスで関西旅行に行った時のことだ(それは前日の深夜にバスで移動し、翌早朝から夕方まで博物館や寺巡りをして、再びバスで帰ると言う弾丸旅であった)

 とある地方の名刹で知られる寺で、そこのご住職からお声を掛けられ、離れでお話を伺うことになったのだが、なぜか途中から、ご自身の奥様への恨みつらみの言葉を聞かされた。

 曰く「自分の妻は蛇年生まれの女で、まさに蛇のようにずる賢く冷たい女だ」と。

 当時、既に80歳を超えておられたであろう、長年に渡り修行を積み、仏法に基づく人の道を説く立場にあろう方から、よもやこのような煩悩にまみれた言葉を聞こうとは…3人共、驚きのあまり相槌も打てずに固まってしまったのを覚えている。

 それからほどなくして、そこの寺で火災が発生し、ご住職の奥様が巻き込まれて亡くなられた。単なる偶然なのかもしれないが、ご住職のあの言葉が脳裏に焼き付いている私には、ご住職の怨念が不幸を招いたのではないかと思えて仕方がなかった。

 私は縁あって夫婦になったのであれば、夫とは末永く仲良くありたい。その為の努力を惜しんではいけないと思っている。行動でも、言葉でも。

 即ち、夫婦関係において(と言うよりおそらく全ての人間関係において)、片方が一方的に悪いことなどあり得ないと思う。互いの働きかけがあって、互いに影響しあって、今の関係性があるのだろうから。

 あのご住職の長い夫婦生活の間に、一体何があったのだろう… 
0

2016/11/12

今日は晴天。せっかくの行楽日和なのに…  携帯電話から投稿

今年の秋は夫が資格試験に挑戦の為、休日も夫は自宅で受験勉強、
私は外出と、夫婦別行動です。

今日は日差しも暖かく、風もない、絶好の散歩日和なんですけどね。
あ〜あ、横浜の海を見に行きたかったなあ…

私はこれから一人で映画鑑賞です。「ミュージアム」
原作漫画はなかなか評価が高いのですが、映画はどうなんでしょう?

→なかなか面白かったのですが、猟奇殺人シーンには既視感がありました。
既に米ドラマや映画、韓国映画で散々描き尽くされている中で、
全く新しいイメージを創り上げることは難しいですね。
それ相当の手腕を以てしても。
それでも子どもには刺激が強過ぎるかな?
自分の子どもが中学生なら、まだ見せたくないな。
少なくとも子ども連れの家族で見る映画ではないですね。

小栗旬君演じる沢村刑事が
ジョン・マクレーンやターミネーターばりに不死身なのが、
どう見ても現実離れしていました。
まあ、漫画原作で、漫画の世界なら違和感のない設定なのかもしれませんが、
実写で、あれだけ痛めつけられても身体がまだ動けると言うのが、
ちょっと信じられない。回復も超人的に早い(笑)。
「おいおい、入院せんで大丈夫なのかあ?」と
心の内で何度叫んだことか。

本作で一番感じたのは、小栗君って…
やっぱり役者としての華がある俳優だなあということ。
彼には蜷川舞台で鍛えられた演技力もあるのが大きいのでしょうが、
芸能界に彼よりイケメンは幾らでもいるのに、
彼ほど主役を張れる若手(もう中堅?)俳優はそうそういない。
脇役の彼が想像できない。
いつも人の輪の中心にいる人、と言う感じ。
天性のものなんだろうなあ…

それから「カエル役」が誰かなんて、
公開前にネタバレして欲しくなかったです。
ドラマの衝撃度が10%減した感じです(笑)。
小栗君や野村周平君、尾野真千子さんの3人だけでは、
集客力に不安があったのでしょうか?
今をときめく"旬"の3人なのに。
周平君なんて、菅田将暉君と双璧の若手俳優ですよ。
出来ればカエル役が誰かなんて映画を見るまで知らなくて、
映画の中で意外性を楽しみたかったなあ…


今日もエレベーターおばさんをやっていたら、
途中階で乗り込んで来た赤ちゃんに、突然太ももを触られました。
後方に乗っていた父子が、それを見て笑っていましたが、
ベビーカーの陰でそれが見えていない赤ちゃんのお母さんは、
何事かと不思議そうな表情を浮かべていました。
「お触り魔はどんな顔をしている?」と見てみたら、
ほっぺの真ん丸な、いたずらっ子の目をした女の子でした。


かわいくないはなこは、かわいいものが大好き。

写真は七五三バージョンのペコちゃん。毎月のようにお着替えです。
このペコちゃん、近づくと話しかけて来ます。
よく小さい子がペコちゃんと話しているのを見かけます。

クリックすると元のサイズで表示します
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ