2010/9/3 15:30
身動き取れない動き 独り言
9000円を挟んだ攻防で昨日、今日と身動きがとれません。
昨日は一日中、外回りをしていたので全くチャートを見ることは
できませんでした。
今日は・・・、もう無理かな。
売るには早いし、買うにも中途半端・・・。
でも、個人的には弱い相場だと感じています。
とにかくドル/円が84円台にある限りはダメだろうね。
で、やっぱり売りのタイミングを狙っています。
もうすぐ、もうすぐだよ・・・。
先月末をもって、昨年秋から始まったお義母さんの通院が一旦終了した。
治療をはじめる時は、痴呆か鬱病かどちらか先生にも判断がつかず、
私も旦那もお義父さんもただただ見守るしかなかった。
“ああ、まだ子育ての真っ最中なのに、介護が始まってしまうの?”
大きな不安と悲しみが私を襲ったけれども、
その反面、
“いや、絶対にお義母さんを痴呆にも鬱にもさせないぞ!負けてたまるもんですか!”
と見えない病気に対して闘争心がムラムラと湧いてきた。
本気で病気と闘うつもりだった。
治療が始まってしばらくすると痴呆ではなく鬱病だということが判明し、
出来るだけ初期の軽い症状のうちに進行を食い止めようと考えた。
ガスコンロが怖い。
包丁が怖い。
1人でお風呂に入ることが出来ない。
夜が怖い。
1人でお留守番が出来ない。
雨の音が怖い。
寒い(秋なのに)。
テレビの音が耳障り。
文字を見たくない。
家事が出来ない。
スーパーマーケットに入れない。
近所の人の目が冷たい。
etc,etc・・・・。
数え上げればキリがないくらい
たくさんの不安をうったえていたお義母さん。
最初は“何を言ってるの?”と半信半疑な私達。
これらの事を一つ一つ、お義父さんと私と旦那の3人で対処していった。
一番大変だったのはやはりお義父さんだったろう。
現役で仕事をしながら、毎日洗濯をし料理を作り、
私達夫婦はカラダを壊さないか心配でたまらなかった。
私達は主にお義父さんが仕事で遅くなる夜と土日を担当した。
根気強くお義母さんを見守り、不安を増大させないように
最大限の配慮をした。
でも、
やっぱりお義父さんと旦那は家族なので日が経つごとにイライラしてきて
“いい加減に病気を治せ!”
“もうどこも悪くないはず!”
なんて事を言い出すので、
私はあえてお義母さんの味方につく事にした。
“つらいですよね”
“たいへんだよね”
“何が一番不安ですか?”
“お義母さん十分にがんばってますよ。あせらないで。スゴイ、スゴイ”
ひたすら愚痴を聞き続け、相槌ちをうち続けた。
それしか、私には思いつかなかった。
それでも進行性の痴呆でないことに私は感謝していた。
“私って何てラッキ〜なんだ!鬱なら治る。”
本気で神様に感謝していた。
年が明け、確定申告の時期が近づくと、
私達一家が尋常でない忙しさになることをわかっているお義母さんは
なんと、夜9時ぐらいまで1人で過ごせるようになった。
うれしかったし、ありがたかった。
(それまでは私か、夫がお義父さんが帰ってくるまで待機していたので)
きっとお母さんなりに
“このままではマズイ。1人に慣れないと”
と思ってくれたのだろう。
春を境に少しづつ、少しづつお義母さんは回復していった。
それでもお医者さんは治療を止めていいとはなかなか言ってくれなくて
随分長い間お薬をのまなければいけないんだなあ〜と思っていた。
そしてようやく!
8月末をもって通院が終了しました。
お薬が切れた直後は睡眠がとれなかったそうですが、
4〜5日たった最近は眠れるようになったそうです。
(抗鬱剤には睡眠薬が入っているのかな?)
“たくさん迷惑かけたけど治ったわ。本当にありがとう”と
とてもうれしそうなお義母さん。
今回の一番の失敗は、
自分の中で不調を感じたお義母さんが、
何度も病院に連れて行って欲しいと周りに頼んだのに、
精神科という事にためらいを感じたのか、
お義父さんも旦那も“どこも悪くない。単なるわがままだ”と
お義母さんの頼みを受け入れず、治療開始が遅れた事だった。
元々お嬢様育ちだったお義母さんは嫁の私からみても
ギョッとするぐらいワガママなところがあったので、お義父さんも旦那も
また始まったか・・・ぐらいの認識だったのかもしれない。
でも、私はお義母さんがかわいそうで見ていられず、
保育園のママ友達に精神科で評判の良いところを教えてもらい、
予約を入れ、お義父さんが出張で付き添わないというので、
勝手に連れていくことにした。
その時だけは“ムカつく嫁と思われてるよね。私・・・”と嫌な気分になった。
でもおとなしいお義父さんで直接文句をいう人ではなかったので強引に事を進めた。
“お義母さん、病院をさがしましたよ。私が送るので一緒に行きましょう”
と声を掛けたとき、お義母さんは目に涙を浮かべて
“ありがとう、ありがとう”
と手を合わせておがんでくれた。
それほどお義母さんは苦しんでいたんだ。
すでに発病してから2ヶ月近く経っていたはず。
でも、治った。
ちょうど一年で。
もしかしたら再発するかもしれないけれども、以前の平穏な暮らしが戻った。
以前に増して皆に笑顔がある。
ありがたい。
本当にありがたい。
泣きたくなるぐらい、ありがたい。
きっと我が家は運がいいんだと思う。
きっと、きっと私は何をやっても、どんな状況になっても
良い方向に神様が導いてくれると思っている。
実際、そうだったし。
でも本当に健康が一番!
という訳で9月からお酒やめてます。(いつまで続くか!?)
もう二日も飲んでないぜ!
16時追記
はて?最初に病院に行ったのはいつだったかな?と思い昨年秋のブログを見みると
珍しく弱気なアタシが!
ははは、結構笑えますね・・・。
そう、神様は乗り越えられない試練は与えないのです・・・。
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昨日は一日中、外回りをしていたので全くチャートを見ることは
できませんでした。
今日は・・・、もう無理かな。
売るには早いし、買うにも中途半端・・・。
でも、個人的には弱い相場だと感じています。
とにかくドル/円が84円台にある限りはダメだろうね。
で、やっぱり売りのタイミングを狙っています。
もうすぐ、もうすぐだよ・・・。
先月末をもって、昨年秋から始まったお義母さんの通院が一旦終了した。
治療をはじめる時は、痴呆か鬱病かどちらか先生にも判断がつかず、
私も旦那もお義父さんもただただ見守るしかなかった。
“ああ、まだ子育ての真っ最中なのに、介護が始まってしまうの?”
大きな不安と悲しみが私を襲ったけれども、
その反面、
“いや、絶対にお義母さんを痴呆にも鬱にもさせないぞ!負けてたまるもんですか!”
と見えない病気に対して闘争心がムラムラと湧いてきた。
本気で病気と闘うつもりだった。
治療が始まってしばらくすると痴呆ではなく鬱病だということが判明し、
出来るだけ初期の軽い症状のうちに進行を食い止めようと考えた。
ガスコンロが怖い。
包丁が怖い。
1人でお風呂に入ることが出来ない。
夜が怖い。
1人でお留守番が出来ない。
雨の音が怖い。
寒い(秋なのに)。
テレビの音が耳障り。
文字を見たくない。
家事が出来ない。
スーパーマーケットに入れない。
近所の人の目が冷たい。
etc,etc・・・・。
数え上げればキリがないくらい
たくさんの不安をうったえていたお義母さん。
最初は“何を言ってるの?”と半信半疑な私達。
これらの事を一つ一つ、お義父さんと私と旦那の3人で対処していった。
一番大変だったのはやはりお義父さんだったろう。
現役で仕事をしながら、毎日洗濯をし料理を作り、
私達夫婦はカラダを壊さないか心配でたまらなかった。
私達は主にお義父さんが仕事で遅くなる夜と土日を担当した。
根気強くお義母さんを見守り、不安を増大させないように
最大限の配慮をした。
でも、
やっぱりお義父さんと旦那は家族なので日が経つごとにイライラしてきて
“いい加減に病気を治せ!”
“もうどこも悪くないはず!”
なんて事を言い出すので、
私はあえてお義母さんの味方につく事にした。
“つらいですよね”
“たいへんだよね”
“何が一番不安ですか?”
“お義母さん十分にがんばってますよ。あせらないで。スゴイ、スゴイ”
ひたすら愚痴を聞き続け、相槌ちをうち続けた。
それしか、私には思いつかなかった。
それでも進行性の痴呆でないことに私は感謝していた。
“私って何てラッキ〜なんだ!鬱なら治る。”
本気で神様に感謝していた。
年が明け、確定申告の時期が近づくと、
私達一家が尋常でない忙しさになることをわかっているお義母さんは
なんと、夜9時ぐらいまで1人で過ごせるようになった。
うれしかったし、ありがたかった。
(それまでは私か、夫がお義父さんが帰ってくるまで待機していたので)
きっとお母さんなりに
“このままではマズイ。1人に慣れないと”
と思ってくれたのだろう。
春を境に少しづつ、少しづつお義母さんは回復していった。
それでもお医者さんは治療を止めていいとはなかなか言ってくれなくて
随分長い間お薬をのまなければいけないんだなあ〜と思っていた。
そしてようやく!
8月末をもって通院が終了しました。
お薬が切れた直後は睡眠がとれなかったそうですが、
4〜5日たった最近は眠れるようになったそうです。
(抗鬱剤には睡眠薬が入っているのかな?)
“たくさん迷惑かけたけど治ったわ。本当にありがとう”と
とてもうれしそうなお義母さん。
今回の一番の失敗は、
自分の中で不調を感じたお義母さんが、
何度も病院に連れて行って欲しいと周りに頼んだのに、
精神科という事にためらいを感じたのか、
お義父さんも旦那も“どこも悪くない。単なるわがままだ”と
お義母さんの頼みを受け入れず、治療開始が遅れた事だった。
元々お嬢様育ちだったお義母さんは嫁の私からみても
ギョッとするぐらいワガママなところがあったので、お義父さんも旦那も
また始まったか・・・ぐらいの認識だったのかもしれない。
でも、私はお義母さんがかわいそうで見ていられず、
保育園のママ友達に精神科で評判の良いところを教えてもらい、
予約を入れ、お義父さんが出張で付き添わないというので、
勝手に連れていくことにした。
その時だけは“ムカつく嫁と思われてるよね。私・・・”と嫌な気分になった。
でもおとなしいお義父さんで直接文句をいう人ではなかったので強引に事を進めた。
“お義母さん、病院をさがしましたよ。私が送るので一緒に行きましょう”
と声を掛けたとき、お義母さんは目に涙を浮かべて
“ありがとう、ありがとう”
と手を合わせておがんでくれた。
それほどお義母さんは苦しんでいたんだ。
すでに発病してから2ヶ月近く経っていたはず。
でも、治った。
ちょうど一年で。
もしかしたら再発するかもしれないけれども、以前の平穏な暮らしが戻った。
以前に増して皆に笑顔がある。
ありがたい。
本当にありがたい。
泣きたくなるぐらい、ありがたい。
きっと我が家は運がいいんだと思う。
きっと、きっと私は何をやっても、どんな状況になっても
良い方向に神様が導いてくれると思っている。
実際、そうだったし。
でも本当に健康が一番!
という訳で9月からお酒やめてます。(いつまで続くか!?)
もう二日も飲んでないぜ!
16時追記
はて?最初に病院に行ったのはいつだったかな?と思い昨年秋のブログを見みると
珍しく弱気なアタシが!
ははは、結構笑えますね・・・。
そう、神様は乗り越えられない試練は与えないのです・・・。
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