『風の中のマリア』(百田 尚樹著)を読みました。
何でこの本を知ったか、もうわからなくなっていたんですが、ひょっこりと忘れた頃に図書館から連絡が来まして。
オオスズメバチの話なんですが、たぶん、なんとなく虫繋がりで読みたくなったのかと。
<<<以下、ネタバレ含みます>>>
この小説は、主人公がオオスズメバチで、主人公マリアを通じてオオスズメバチの一生をドラマテックに、冷静に描いている作品です。
なんといっても、ビックリしたのが、その、描かれ方。
普通、動物やら人間以外のものが主人公となったとき、そこでは物語なので人間のように話をするし、手と思われる部分を使って動作をするし・・・というのが、よくある形かと。
自然と読んでいる人は簡単にいえば、着ぐるみ着ている人間みたいなのを頭に描いて読み進めていくんじゃないか?と。
この小説の場合は、ハチなので、まぁ、みなしごハッチみたいなあぁいう絵面を思い浮かべていくかな。
そうすると、ハチの食事シーンとかは、ファンタジー的にいうと、テーブルに座ってお皿にカトラリーとか思い浮かべるかもしれないよね。普通に、マリアはその日初めての食事をとった。とか書かれると。
あと、ハチ同士の争いとかも、マリアは戦士なので、そうするとヴァルキリーみたいな甲冑を着た女戦士が剣持ってたりして、組み合っているときに思い浮かぶ姿は、2本の手に2本の足に妖精みたいな羽ついていたり。
ところが、この小説、姿かたちがハチのまんまに描かれているんだよね。
だから、マリアが食事をする(幼虫から分泌液をもらう)シーンは、芋虫な幼虫に口を近づけているハチの図が浮かぶし、戦闘シーンではスプラッタのごとく、大顎で相手をぶちっと噛み切って、頭をブンと振って引きちぎったりする図なんだよね。触角で物に触ったりなんていうのは、物語であれば、別に手を想像させてもいいのかもしれないけど、ちゃんと触角って書かれている。
ハチたちは普通(?)に会話を交わしたり、うやうやしく女王に頭を下げたりと、人間っぽいことをしているんだけれど、そこで人間の姿じゃなくて、ちゃんとハチの動作として浮かんでくる。
それが、ハチの物語なんだから当たり前っちゃ当たり前だけれど、なんだか、妙な感じというか、不思議なんだよねぇ。
ハチって身近なよく知っている昆虫だと思っていたけれど、意外に知らないことも多くて、こういう一生を送る虫だったんだなぁと思うと共に、なんか、一生懸命なんだな、とも思えた。一寸の虫にも五分の魂じゃないけれど、精一杯生きて、戦っていく彼女たちには感動を覚えた。
蛇足かもしれないエピローグに泣かされてしまうのがくやしいところ。