今日、久しぶりに福来。ちゃんの
眠る霊園の近くまで仕事で行きましたので
お参りをしてきました。
アニマルコミュニケーションを受けた時、
「福来。ちゃんはいつもお家にいますよ」
と言われたけれど、やはり、福来。ちゃんのお骨がある場所は格別。
家では風子やしーちゃんがいるけれど、
あそこに行くと福来。ちゃんとだけお話できそうで…。
この間、色々なことを経験してきて、
また、他の猫飼いさん方を見ていて思うのは、
「動物を飼うことは、(最終的には)その死を看取る」ことなのだと思います。
今は仔猫であったとしても、いずれ死んでいきます。
健康な猫であっても、いつかは死にます。
一日を生きるということは、一日、死に近づいたということなのです。
元気な間に、自分が冷静でいられる間に、
その時のことをしっかりと考えておかないといけないのだと思います。
「縁起でもない」と眉をしかめるのではなくて、
それが飼い主として最後の責任になるのですから
その場になって考えるのではなく、
来るべき「いつか」をシュミレーションしておくことも必要かと思います。
まあ、我が家の場合、風子もしーちゃんもその霊園で保護したので
「いつか」が来た時は、
しんあいペットメモアールさんで、と思っています。
しんあいペットメモアールから、我が家に来たのだから。
福来。ちゃんがいる所だから。
それが一番だと思っています。
出来ることならば、
その「いつか」がずーーっと、ずーーっと先でありますように。

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