2008/10/28
Noel。私の本当に大切な親友です。
ノエルがいなければ私はフィリピンに馴染むまですごく時間がかかっていたか、もしくはこんなにたくさんの人と関わってフィリピンを好きになることはできなかったでしょう。
フィリピンの文化は日本人には少し馴染みづらいかもしれません。友達に会いたくなったら約束をせずに家まで行って、おしゃべりをしてくつろいで帰る。それだけのことなのですがフィリピンではその頻度が違います。
毎日のように誰かの家に遊びに行ったり誰かが遊びに来たり、日本だと考えられないくらい人の出入りが激しいのです。
慣れてからは1日に5軒以上友達の家に遊びに行ったりしてとても楽しく過ごせましたが、最初はうまく行動できませんでした。
クリオンに着いたばかりの頃、私はずうずうしく友達の家に上がりこんでいいものか、忙しかったり迷惑だったらどうしようと考えて身動きがとれなくなっていました。
そんなときに「June、モナさんの家に遊びに行くけど一緒に行く?」とか「手で食べる方法を教えてあげる」とか声をかけてくれて、私がフィリピンの生活に触れるきっかけを作ってくれたのがNoelでした。
Noelは偶然、マニラから従兄弟の家に遊びに来ていて、私とまさに同じ日、ほぼ同じ時間にクリオンにやってきました。
今から考えると本当に私は運がよかったです。
クリオンに着いたその日かその次の日、Noelと夜遅くまで将来の話とか夢の話をして、それ以来ずっと仲がよくてほとんどどこに行くのも一緒。
クリオンで行動するときはたいていNoelと一緒にいたし、Graceのおじいさんの家にフェリーで2週間泊りがけで遊びに行ったときもマニラで友達と泊りがけで遊びに行くのもずっといっしょ。マニラに泊まる時にはいつもNoelの家族のところに泊めてもらっていて、家族のように扱ってもらっています。Noelには本当に色んなことを教えてもらいました。
Noelは今まで出会った人の中でただひとり、私と精神年齢がぴったり同じ感じがします。どこかおとなっぽかったりどこか子供っぽかったり。
きっとこれからもずっと交流していくと思います。
Noel, malaming salamat sa lahat.
Talagang masaya ako sa Culion dahil sa iyo!!

クリオンからマニラに帰る途中。

ロハスにて。Graceの家の裏にある海を散歩して、“sand man”を作りました。

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2008/7/13
フィリピンでのことを、少しずつまとめていくことに決めました。
もうそろそろ日本に帰ってきて1年経つし、忘れないうちに形にしようと思います。
私の中でフィリピンでの体験は毎日いろんなことがありすぎて、決して甘いものじゃなかったな、と思います。
いつも何かに迷ったり怒ったり、辛いことがたくさんありました。
でもそのなかで学んだことは本当に多くかけがえのない出会いもたくさんあって、フィリピンに行って本当によかったと心から思います。
日本に帰ってきてからフィリピンの話を誰にも詳しく話していないのは、人にうまく伝えられないと思うから。
フィリピンでの体験は単に「楽しかった」とか「辛かった」じゃなくて、本当に一言では表せない。
自分のキャパを超えることが次々と起こって、毎日闘ったり現実逃避したりの繰り返し。
今やっと、あのときのことと向き合えることができるようになったと感じます。
何が辛かったというと、
フィリピンに行ったばかりのときは文化の違いに慣れなかったこと、言葉が通じなかったことが辛かった。
少し慣れてきてからは、自分が何をやりたいのか、一体どこに向かえばいいかが分からなくなって辛かった。
自分がやりたいことを見つけてからは、それをよく思わない人との意見の食い違いで自由に行動ができなくなって辛かった。
その中で人に助けられ、支えられてそのおかげで乗り越えてきました。
今でも気がついたらフィリピンのことを思い出していて、何だか泣きたくなる。
理由はよくわからないけど「フィリピンに戻りたい」とか「フィリピンはよかった」とかそんなことじゃない。辛いことと嬉しいことが次々起こる中で毎日必死で生きたなーって今になって思う。
フィリピンという国に対してはもう「好き」とか「嫌い」ではなくて郷愁のようなものを感じます。
きっと一生あの島の人とは関わっていくんだろうな。
いつか恩返しができたらとぼんやり考えています


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