「Rotaly International Youth Leadership Awards」
社会のこと
9月19日〜21日までRotaly International Youth Leadership Awardsに参加してきました。
奉仕の精神で社会貢献をするための活動を継続するという組織ですが、米山奨学金などでも出資している団体で、平たく言うと若い世代への教育と国際交流の場を提供してくださるプログラムが多く、その中で地域への還元を行っていくシステムです。
自分としてはその中で初代委員長の海沼先生に女性としてのリーダーシップ論だったり、その迫力ある威厳(オーラ?)に惹かれて、これ以上ない魅力を感じて参加しようと思い、今回やっと夏休みを駆使して参加できたわけです。
今後もこの方の教育を受けたいと思う方で、女性としてうらやましく思うわけです。
自分はフルブライトとかとれるわけでもないし、優秀な人生とは言い難いのですが、それだけにどのようにすれば実力がつくのか探求したくなるのです。
プログラムを見て失敗したと思ったのは、【コマツ】と【ソフトバンク】の経営について、予習してくるように書かれていたことである。
もちろん内科研修にいて予習する暇はなく、余力を残すためにとっていた予備の一日はインフルエンザに同僚がかかって潰れてしまい、正直無勉で行くことになってしまった。
文系でもない畑違いの私がこのお題をどうにかクリアできたのは、資料を丸暗記しただけに違いない。本当に申し訳ないものである。畑違いなど気にはしないが、さすがに日常的会話の中にあるテーマではないのに、いきなり話せと言われると厳しいものがあった。もっとしっかりとした意見を構築して話し合いに望み多かった。
あとはリーダーの責務と覚悟というお題での討論会があり、ドラッカーかぶれの私は正直に言うとチェンジリーダー、マネージメントに傾いた話をしてしまいがちであったが、話しているうちに他の方が細かいところまで追求する姿勢はうらやましいと思った。
どこか社会に出て失ったものはたくさんあると思う。
その中でも、共有しながら皆で結論を出すプロセスを楽しむという点においては、非常にいつの間にか忘れていると思った。効率を追い求めるようになって、人情的な面はそぎ取られてきているとはおもったけれど、最近何をしても感情的な面にわき上がるものがないのはそのせいだろうか。
他の人に対する指示出しのコミュニケーションなども、チームとしての機能を最大限生かすためには非常に的確にはなっているのであろうけれど、人間性は失われているのだろう。
少しそういう自分の変化を見たときに寂しくなったのと同時に、そこが私が辛く感じたり、嫌になってくる原因を見いだすときがある。どこかで感情をできるだけ出さないように何も直視しないように、できるだけ忘れ去っている。
そんな自分に気付いたとき、さすがに悲しくなってくるものである。
今回の休暇では色々と人間らしくなるためにもちょっと家事をしてみたり、村上先生の著作を読んでみたり、色々と違った趣向をトライしてみている。
本を読んでダラダラして過ごしている時間が
何となく疲れていたので一番楽しいひとときである。

0