2009/7/9

(無題)  

 夜五っ半
 まばゆいばかりの閃光が走るや、耳をつんざくが如く雷鳴が轟き、天底が破れたかの如く豪雨が容赦なく地面を叩き付ける。
「長安殿、この子は助かりましょうや」
「おそらく、今夜が峠かと。病が病ゆえ、手の施しようがありませぬ」
「母の温もりを知らぬ、ふびんな子でござる。まだ九つ、このまま逝かせとうはないが」
古びた戸の隙間から冷気が吹き込み、行灯の炎が頼りなく揺らめいた。晴重は、晴景の高熱の苦しみに耐えてゆがむ顔をじっと見つめていた。
「この病は熱が引くとほぼ同時に、全身に発疹が出始め、それが終いにはかさぶたになりまする。そのかさぶたが全て取れるまでは、決して素手で病人に触ってはなりませぬ」

当時、この病は発症すれば三人に一人は死に至る恐ろしい病で、人から人へ移ることは広く知られ、人々に忌み嫌われたのである。快癒してもかさぶたの跡が、みにくいあばたとなって、生涯、全身に残った。

八年の歳月が流れて、文政三(一八一九)年春。
松平家の屋敷内では、当主晴重の勘定奉行への出世祝いの宴が盛大に催されていた。
宴たけなわ、晴重は顔こそ青白いが、眼はとろんとして、ろれつが回らなくなっていた。
「晴信、晴義。ういっ、しばらく見ておらぬ。う、腕前を披露せい、ういっ」
柳生新蔭流道場では、共に師範代を嘱望されている晴重自慢の息子達である。

空はどんよりとして今にも雨が降りそうで、時折強い風が吹き、春とは言え、肌寒い。
仕合うが、腕前は互角で、互いに技量は知り尽くし、なかなか決着がつかず、とうとう鍔迫り合いとなった。
「双方、やめい。ういっ、二人ともあっぱれじゃ。よう修業しておる。世は満足じゃ」
晴重はこぼれんばかりの笑みを浮かべ、周りからは割れんばかりの拍手や喝采が一斉に上がった。だが、晴義は口をへの字に曲げ、物足りない顔付きである。
「父上、晴景と立ち合わせて下さりませ。手前は小太刀で立ち合いましょうぞ」
晴重は一瞬ためらいの表情とはなったが・・
「ういっ。余興じゃ、晴景。やってみよ」
晴義はなにやらつぶやくと、にやりとしておもむろに半身で正眼に構えた。晴景はそれを見て咄嗟に上段に構えたが、怖くはないものの、なぜか全身が小刻みに震えていた。
「わっはっは。晴景い、震えてないで打ち込んでこい」
晴景は踏み込むや、あらん限りの力を込め一気に木刀を振り下ろした。と、その途端、晴義は呻くなり、よろめいて尻餅をついた。たちまち、周りのあちらこちらから一斉に爆笑が起こった。晴義は受けには受けたが、自分の木刀で自分の額をしたたかに打ってしまったのである。唖然たる顔付きからみるみる険しい顔付きへと変わり、顔はほうずきのように紅くなった。そして、よろよろと立ち上がりながら凛として言い放った。
「よくもやってくれたな、あばた面め。今一度掛かってこい」
「やめい。双方ともひけい」
晴景は全身に戦慄が走ったが、晴義の言に間髪入れず、掛け声と共に一気に打ち込んだ。晴義は受けずにかわし、晴景の小手を打ち、更に額をしたたかに打ち据えたのである。
 晴景は音のない、深い暗闇の、奈落の底へと真っ逆様に延々と吸い込まれていった。
突然、まぶしい光を感じるや、躰がふわりと浮き、立ち姿のままゆっくりと落ちていき、そして、ついに奈落の底に降り立った。
 正面、遙か向こうに、天井知らずの巨大な数本の火柱が、煌々とした光を放ち、轟音を立てて噴き上がっている。辺りの壁は全てごつごつとした岩肌で、天井は暗闇深く何も見えず、ふと見下ろすと、ある光景に晴景は愕然とした。それは、様々な肌や服装をした数え切れぬ程の人間が、火柱の方に向かって、いくつも列をなして並んでいたからである。
突然、晴景の躰が硬直し、そのまま勝手に動いて列に加わっていく。逃げようと必死にもがくこうとするが、指ひとつたりとて動かせず、どうにもできない。 
あちこちの岩根から凄まじいまでの白煙が勢いよく噴き上がり、また、至る所に鮮やかに赤い池があり、泡が盛んに沸き上がっていた。

 どのくらいの時が立ったろうか、ふと火柱の根本近くで動き回っているものに気がついた。眼を凝らしてよく見ると、おぞましい、様々な色の鬼が数体いて、人の首をわしずかみにして、薄気味悪い程に暗い洞穴に次々に放り込んでいる。眼を閉じようとするができず、声すら上げることもできない。必死にもがこうとするが、どうにもならず、その間にも、じわりじわりと躰が勝手に動いて近づいていく。
数体の鬼の傍らには、坊主頭の閻魔が、躰には血のように赤い布を袈裟にまとい、岩の上にどっかとあぐらをかいて座っている。座高は三間はあろうか、三つ眼をぎょろりと瞬き一つせず見開き、鼻はずんぐりと丸く、鼻腔が見え、口は大きく横に裂け、その分厚い唇は鮮やかに紅く、耳は肩まで垂れ下がっていた。晴景は、全身の毛がよだつように怖い。

 ついに、閻魔の前にと、立たされた。火柱の轟音が耳をつんざく。
閻魔は怪訝(けげん)な顔をして躰を乗り出すと、晴景をさも舐め回すように観た。すると、大鐘の音の如く、低くて調子外れの濁った太く大きい声が、晴景の脳裏に響いた。
「おまえには他人の命が多くぶら下がっておる。おまえが死ねば、その者らの命は絶たれよう。ここから引き返せ」
 晴景の躰は突然宙に浮くや、まばゆいばかりに輝いている洞穴の傍にある扉の方へと飛ばされ、その扉が音もなく開き、中へとたちまち吸い込まれていった。

 晴景は四方見渡す限り、木一つ無い荒涼たる原野に立っていた。
風も無く静寂として、明るいが日輪は無い。空は、雲一つ無く、露草花の如く青々として、水平線迄にも広がっている。突如として、がっしりとした体付きの武士が眼前に現れた。白髪交じりで眉は太く精悍な顔付きをしている。
「拙者は柳生石舟斎宗厳と申す。今より、お主に新蔭流の全てを伝授する。修業に励め」
二人の手には木刀が握られ、石舟斎から次々と剣の形を学んでは、繰り返し立ち合った。夢中とはなったが、何万回立ち合ったろうか、かなりの時が立ったように思うが、不思議なことに、咽は渇かず、腹もへらない。疲れることもなく、眠たくもない。打たれても、突かれても痛みは全く感じなかった。
そして、ついに石舟斎と互角に立ち合える迄になったのである。
「うむ、できた。これで、よかろう。ああ、眠い。晴景、さらばじゃ」
と言うや、石舟斎の姿は忽然と消えた。
 晴景の木刀がずしりと重い真剣に代わるや、間髪入れず荒武者の風体をした武士が現れた。目付き鋭く、気難しい顔付きをしている。
「ああ、眠い。お前か、俺をおこしたのは」
吐き捨てるように言うなり、電光石火の如く間を詰め、斬り込んで来た。その速さは尋常ではなく、晴景は驚いたが、かろうじてかわした。
「ほう。お主、できるのう。俺の名は小野次郎右衛門忠常。容赦はせぬぞ、参る」
 忠常は打ち寄せる波の如く、間断なく攻めてきたが、晴景は息つく間も無い程、受けるのでせいいっぱいであった。石舟斎の剣が活人剣とするならば忠常の剣は殺人剣である。
どのくらいの時が立ったろうか。忠常の躰の動きが明確に眼に映るようになり、互角に戦えるようになったと思った、その瞬間、忠常に僅かな隙を見出し、一閃を放つや、忠常の姿は忽然と消えた。
 晴景は窓一つ無い、広い部屋に立っていた。明るいが明かりはどこにもない。中央には欧州風の高机と椅子が置かれ、全ての壁は書棚となっていて、西洋の書物が隙間無く、ずらりと並べてあった。そこに、突然、銀髪の容姿端麗な異国の女が現れた。
「これらの書物をくり返し読みなさい。解らない所があれば申しなさい」
不思議なことに、口元を見ると、この国の言葉を発してはいないが、聞き取れ、意味も解る。書物を開くと、この国の言語ではないが、読んでみると読め、意味も解る。初めて 知ることも多く、晴景は生来の学問好きであり、夢中となって読んだ。かなりの時が立ったと思うが、全て読み尽くしたと思った瞬間、意識を失った。

 晴景は気が付いたが、まだ意識はもうろうとして、頭や躰の節々が痛く、妙に咽が渇いていて、汗をびっしょりとかいていた。辺りは薄暗く、天井がぼんやりとかすんで見えるが、確かに松平家の奥座敷である。起きようとするが、身動きができず、躰はと見ると、麻縄が幾重にも厳重に巻かれていた。
「気が付かれましたか。 晴景殿」
 か細い声だが、確かに母の声である。しかし、母が何故ここにいるのか、不思議でならない。故あって、松平家とは固く縁を切られていたからである。
晴景は七日もの間、気を失っていた。酷く暴れに暴れて、呻いて、凄まじい形相を幾度もしたそうで、皆、もう助からぬと諦めていたと言う。母は止めどなく涙を流している。
「母上。水を、水を下されい」

 松平の家は徳川家康と家祖を同じくする幕府、三〇〇諸侯の名門の一つ、久松松平、旗本五千五百石、代々勘定奉行を拝する家柄である。屋敷は明暦の大火により移転し、今は本所にある。今の当主晴重は三男四女を設けたが、八年前の流行病(今で言う天然痘)で妻(正室)と一男三女を一度に失い、長男晴信、次女小菊、次男晴義、三男晴景がいる。
晴景だけは正室の子ではなく、約二十年前、屋敷に行儀見習いに上がっていた町家の娘と晴重の間に生まれた子であった。生後すぐに松平家に引き取られ、育てられたが、流行病の一件から母のもとへ行くことだけは許されていた。晴景は兄らとは仲が悪く、特に同い年の晴義とは犬猿の仲であるが、兄らの様に剣の修業はあまりせず、幼少より相撲を取るのが好きで、回向院の相撲大会では上位に入る程で、兄らより躰は一回り大きくがっしりとしている。また、無類の学問好きで、昌平坂学問所では一目置かれる存在である。
 晴景は剣を学んでみたいという思いが日増しに強くなり、祖父の松前屋庄兵衛に書状をしたためた。松前屋は母の実家であるが、今や江戸では五本の指に入る両替商である。主人の庄兵衛は旧姓を最上と言い、東北の小藩の勘定方をしていたが、縁あって先代に気に入られ、入り婿したのであった。

 数日が立ち、晴景のもとに庄兵衛からの書状が届いたが、養生の願い出が許され、当分の間、松前屋にて養生することになったとしたためてあった。

 翌日、晴景は駕籠に乗り、家臣一人が付き添い、松前屋へと向かった。松前屋は店がひしめく銀座にあり、多くの人馬が行き交い、賑わいを呈していた。
「躰の方はどのようじゃ」
「まだ、時々痛みまするが、だいじょうぶでござりまする」
「うむ。それは良かった。早速じゃが、倉田一刀斎という御仁に来て頂いておる。先程から客間でお待ちじゃ。倉田殿は元は柳生新蔭流の高弟であったが、武者修行の末、体捨流と言う剣法を編み出され、今、この江戸では最も勢いがあり、六つの道場を構え、門人は三千人を超える。茶会の友じゃ。飾らぬ、お人柄でな。遠慮のう、お会いするがよい」

 一人客間に入ると、そこには白髪交じりの総髪で中肉中背の、凡庸な顔付きの武士が座していたが、襟や袖は擦り切れ、つぎはぎだらけの衣服をまとい、太刀はと見ると、鞘は塗りはげ、色あせて薄くなっている。どこぞの食い詰め浪人かと思われる風体であった。
「この度のことは、庄兵衛殿から聞き及んでおる。早速じゃが、何故に学問をやめて、剣の道に入ろうと思ったのじゃ・・・。兄者への恨みか」
「正直なところ、解りませぬ・・・。ただ、不思議にも躰の内からふつふつと、日増しに剣を学びたいという思いが強うなってございまする」
「その若さで、昌平校では儒官の代行まですると聞いておる。儒官への道を捨ててまでするつもりか。古賀精里殿はどう言うておられるのじゃ」
「古賀先生には、この事は申してはおりませぬ。昌平校では朱子学以外の講義や研究を禁じられておりまするが、それは幕府の思想統制の為。儒官になるのは、近頃、疑問を持つようになってございまする。剣の道は祖父からよく聞いておりまする」
「庄兵衛殿の頼みは剣の才がどの位あるかを、わしに見て欲しいということなのじゃが・・・。躰の具合はどうじゃ」
「大丈夫でございまする。もう、なんともございませぬ」
「では、庄兵衛殿に木刀を二本借りて参れ」

 庭にて対峙したが、廊下には、じっと見つめる庄兵衛の姿があった。双方、正眼の構えを取ったが、互いに微動だにせず、そのまま時が立った。一刀斎の額には玉粒の汗がいくつもにじみ出ている。突然、一刀斎は足を退くや、大きな溜息をついて、木刀を収めた。「明日、王子の道場へ行かれるがよかろう」
そう言うと、一刀斎は怪訝な顔付きをしながら庄兵衛のもとへと歩み寄った。
「二人きりで話ができませぬか」 
庄兵衛は手招いて、懐から財布を取り出すと
「晴景、母と神田明神に行って来るがよい。帰りに、芝居でも見て来なされ」
「孫殿はどこで剣の修業をなされたか。良き師に就き、相当の修練を積んだ筈」
「相撲と学問だけで、剣の修業なぞ、聞いたこともござらぬ。いかがなされたか」
一刀斎は再び怪訝な顔をして、腕を組み、首を傾げ、眼を閉じた。
「ふーむ。はて、面妖な。わしは動けなんだ。動いておれば敗れていたかもしれぬ。・・いや、敗れていたろう。何故か解らぬが、あの若さで孫殿は達人の域に達している」
庄兵衛は唖然たる顔付きとなった。
「武芸者として数多くの者と立ち合うて来た、このわしには、解るのでござる。躰さえできれば、孫殿に勝てる者はそうはおるまい」
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2009/7/9

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