2010/1/1

出演依頼(お問い合わせ)&プロフィール  活動全般

基本理念

交通費が出れば出演料はいくらでも構いません

それぞれの団体 学校には予算があると思います
その中で無理せず出していただける金額でお願いしています

たとえば
5万円に決めるとそれを払えない人とは出逢わないってことになるんです

生活があるので無料という訳にはいきませんが
出逢いに金額をつけたくない! を大事にしています


出演を依頼してくださる方 ご理解のほどよろしくお願い致します


それでは出演依頼は下記のアドレスへ

syougo_jikan@yahoo.co.jp


【プロフィール】

吉田祥吾(よしだしょうご) 生年月日:1979年2月15日

2004年7月インディーズデビュー
翌 2005年 自分らしい活動の為に事務所から独立
同年 自身初のアルバム「HAPPY BITRHDAY」を自主制作
現在自身の不登校経験や恵まれていた出逢いから生まれた
歌と話による講演会を中心に県内外で活動中


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僕の職業は 吉田祥吾。
ステージで歌を唄い、講演会で自分の人生を喋る、自分にしか出来ない職業。

三歳で、ストレスにより十二指腸潰瘍を発病。
それをきっかけに他の人達が当たり前に出来る生活が出来ない自分に気付いていく。
その後、登園、登校拒否という道のりを選ぶ。

何度人生をやり直しても、たぶんそれを選ぶ気がする。
“そうなる”ものを持って生まれてきたのが自分。

諦めでも開き直りでもなくそう思う。

人にはそれぞれ“生きようとする時期”があって、僕はそれが“普通”とは違うだけだったから。

今、生きようとしていて、ちゃんと生きているからこそ振り返ることが出来る。
そのお陰で、学校に行けなかった事が“ちゃんと生きるきっかけ”になった、と、今はちゃんと言える。

そして学んでいた事に気づける。

理解できないものは、普通の枠にとりあえずいれて安心しようとする人達。
相手の想いを理解しようとはせず自分の常識を押しつける人達。

それを僕は“大人”とよんだ。

学校に行けない時期があってよかったのは、それを嫌という程体験できて知る事が出来た。

僕もその“大人”になり、社会に出て就職をした時期がある。
そこで待っていたのは、当たり前に残酷で冷たい世界が待っていたから。

子供の自殺より大人の自殺がはるかに多いのが何よりの証拠だろう。

その社会で弱い僕が耐えることが出来ていたのは、学校に行けない時期があったから。


どこにも居場所なんてなかった過去。

一番安心できるはずの自宅の押入れに部屋を作り、家族からも離れ独りの殻に閉じこもった寂しい記憶。

その記憶は今居場所のない人の悲しさ辛さを想像できる力になった。

そして、その人達と関わるなかで心から心配する気持ちを知った。
それは同時に、過去自分に関わってくれた人達の様々な気持ちを想像するきっかけになった。

僕は理解するきっかけやチャンスをたくさんもらっている。

この活動のお陰で、片方だけではわからない“愛情”や“願い”や“辛さ”を知ることが出来る。


人見知りも変わらない。
打たれ弱いのもそれほど変われない。

甘えている場所も捨てきれない。

それでも、誰かの役に立ちたい。
自分に生まれ、自分にしか出来ないことを探していたい。

生まれてくる時に“生きていく意味”なんて持たされてないと思う。
大事なのは“生きていく意味”に迷った時。

“生きていたい” と思う自分を探して守ってあげれるかだ。

“不登校体験”を話すことから始まった講演会活動。
そこからいくつもの分岐点を通って辿りついた今。

その辿りついたものはありきたりかもしれない。
それでも大事にしたいと強く思っているもの。

それは “命” 

生きることを勝手に決められた “命” だ。


どんな綺麗事を言っても“自分の幸せが大事”それはそうだろう
でも“誰かの幸せ”を大事にすることで“自分の幸せ”も生まれてくるはず。

分けることで“減る”と思うのか、“増える”と思うのか。
それだけで見落としていた幸せを探しやすくなるんじゃないかな。

“分けたら減る”そう思っていた僕がたくさんの人達に出逢って変わった。
“幸せを分けあいたい” と、今は心からそう言える。

この社会で生きるには、恥ずかしかったり、馬鹿にしてしまったりする気持ちや言葉。
でも、言いたい!伝えたい!と思っている大事な気持ちを言葉に出来る。

僕の職業は、吉田祥吾。
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