2018/2/18 | 投稿者: pdo

昨日の朝日杯オープン準決勝、羽生善治竜王は、藤井聡太五段(当時)との公式戦初対局で、「雁木」という戦型を採用した。

これは今若手棋士の間で最も研究が進められている戦型で、江戸時代からの古い形がコンピューターに再評価されて今脚光を浴びているというもの。

藤井の師匠、杉本七段が指摘していたとおり、この形は藤井が日頃からよく研究している形でもある。

羽生は、敢えて、自分の得意分野ではなく、藤井の土俵で勝負しようとしたのだともいえる。

常に時代の最新型を取り入れ、自分なりの結論を追求する、いつもの羽生の姿勢が表れているし、藤井という伸び盛りの若手に対して、奇を衒って眼くらましのような勝ちを狙うのではなく、正々堂々と横綱相撲で負かしてやろうと言う意気込みも感じる。

果たして、先手の藤井から積極的に動いて、右辺でポイントを稼ぐ。羽生は左辺から反撃に出る。

しばらく羽生の攻めを受けた後、再び藤井の反撃。味よく羽生が銀を取ったと思われた瞬間、はっとする歩のタタキで王手。

この応手に羽生が悩んだあたりから、形勢は藤井に傾き始めたのか。すでに藤井の方がよかったのかもしれない。

羽生も妖しい手を絡めて一撃必殺の逆転を狙うも、的確な藤井の対応に及ばず。最後は間合いを見切った藤井に即詰めに打ち取られる。

このあたり、羽生の手が震えていた。羽生の手の震えは、勝ちを読み切ったときの現象としてよく知られているが、劣勢で震えるのは珍しい。

羽生は、対局後、藤井が優勝を決めた後のインタビューで、「(藤井は)形(パターン)の認識能力が高い」と感想を述べている。プロ棋士は、「この形は良くて、この形は悪くなる」という局面の認識能力を経験や研究の蓄積の中から身に付けるものだが、藤井はその精度と正確性において突出したものがあると羽生は見抜いた。

藤井が得意とする詰将棋(解答も創作もトップレベル)は、まさに駒の配置のパターン認識能力の高さが要求される。これは努力というよりも持って生まれた才能が大きいのではないか。

羽生は、昨年の3月に非公式戦で藤井に敗れたときにも、敢えて最新研究では不利とされる変化に飛び込んで行った。今回は、結論は出ていないが、経験と研究という面では藤井の方が豊富といえる戦型に誘導した。どちらも相手の力を測ろうとして結果的には読み負けたといえるが、何が何でも勝ちに行こうという姿勢ではなかったように感じる。

勝負に辛い棋士、典型的には大山名人のような人であれば、番外戦術も含めて、藤井を全力で潰しに行ったかもしれない。

羽生、森内、佐藤康光といった羽生世代を代表する3人が、あっさりと藤井に負かされたように見えるのは、やはり大山・升田、あるいは中原・米長世代との違い(勝負への執着心の差)を感じる。

自分が今一番注目するのは、藤井聡太が、いつ渡辺明と対決するのか、ということだ。

渡辺は朝日杯翌日のブログで、「谷川先生が『20代、30代の棋士に対しては、『君たち悔しくないのか』という気持ちもある』というコメントを出されたように自分も手放しで驚いたり誉めていればいい、という立場ではない」と書いている。

藤井の前に立ちはだかる壁になりうるのは、渡辺明が筆頭者だと思っている。

今後の名勝負に今から胸が躍る。
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2018/2/17 | 投稿者: pdo

昨日のブログで、藤井聡太はまだ今の羽生善治には及ばないと書いたばかりだが、見事に裏切られた。

本日の朝日杯将棋オープンの準決勝(羽生善治戦)、決勝(広瀬章人)との対局は、完全に実力で圧倒していた。

ラッキーパンチが入ったというのではなく、シンプルに相手より読みが上回っていたが故の勝利だった。

藤井聡太という人物を過小評価していた自分の至らなさを痛感している。

とはいえ、つい忘れてしまいそうになるが、まだ15歳の中学生だ。

記者会見を見て感じたのだが、周囲の大人たち(特にマスコミ関係者)はしょうもない質問とかで藤井六段を消耗させないようにしてほしい。

追記:もちろん、この対局をもって藤井聡太と羽生善治との対決に決着がついたとは考えていない。これについては改めて書く。
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2018/2/16 | 投稿者: pdo



明日、2018年2月17日は、将棋史の上に永く刻まれることになるだろう。

プロや専門家、愛好家に至る多くの人々が指摘する通り、こんな対局は滅多にあるものではない。

今週国民栄誉賞を受賞したばかりの、永世七冠という信じられない称号を持つ、最強王者羽生善治と、デビュー29連勝という奇跡的な偉業を達成した若干15歳の稀代の天才棋士藤井聡太が、全棋士参加によるトーナメント戦の準決勝で相対する。両者、公式戦初手合いとなる。

この対局の勝者は、同日の午後に行われる決勝戦で、久保王将と広瀬九段の勝者と戦うことになる。

将棋界を超えて、日本中がこの世紀の一戦に注目している。

奇しくも同日、対局が行われる午前10時30分のほぼ同じ時間に、平昌五輪のフィギュアスケートでは羽生結弦が金メダルに向けた演技を行う。瞬間的な注目度はこちらの方が高いと思うが、歴史的な意義では負けていない。

羽生善治は、47歳という年齢を迎え、王座と王位のタイトルを失い、さすがに昇り調子の若手棋士に対抗するのは厳しくなっているのかと思われていた矢先に、渡辺から竜王を奪還し、永世七冠という空前絶後の実績を上げた。

本気になったときの、勝負の鬼になった羽生善治に勝てる棋士は未だにいない。そのことを改めて知らしめる勝ちっぷりであった。

残酷だが、はっきり言おう。今の藤井聡太は、本気になった羽生善治にはまだ及ばないだろう。

だが、遅くとも、あと5年もすれば、羽生は藤井に真っ向勝負で勝てなくなるだろう。そのこともはっきりしている。

両者の実力が真に拮抗するのは、これから数年の間だろう。その間に、何局の棋譜を残せるか。

明日は、そのかけがえのない貴重な機会の始まりなのだ。

将棋ファンとして、この時代に生きていることの幸運を存分に味わっている。

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2018/1/30 | 投稿者: pdo



ネット将棋でもがいているうちに辿り着いたのがこの戦法。

でも結局このとおりにはならないんだけどね。

著者の佐藤慎一五段は好きな棋士だ。

将棋界には佐藤さんは沢山いて、名人の佐藤天彦をはじめ、モテこと現将棋連盟会長の佐藤康光、ズラネタで明石家さんまにもいじられた佐藤伸哉、NHKで毎週将棋講座をやっている佐藤和俊などなど。

この佐藤慎一五段は、電王戦で「初めて公式にコンピューターに負けた棋士」として一番名を売った。一見すると不名誉な称号のようだが、今となれば来るべきものが来たことの人柱になった名誉の称号である。

彼は、二〇一六年の竜王戦ソフト不正疑惑事件のときはツイッターで誠実で勇気ある発言を繰り返し、ブレたり自信を失ったりしながらも憎めない人柄に好感を覚えた。

この新著の発売に際しては「極限早繰り銀の歌」を披露するなどユーモアにも事欠かない。



将棋界には個性豊かな好漢がたくさんいて見ていて飽きない。

ニコ生で対局の生中継が見れるようになってから、いっそう親しみが増した。

最近では、「藤井聡太の炎の七番勝負」の企画を当てたアベマTVでも中継していて、どちらを見ようか迷う。

2月17日には朝日オープンで羽生VS藤井聡太という世紀の対決が見られる。

これは準決勝なので、勝った方は同じ日に決勝戦も指すことになる。

どちらが勝っても歴史になることは間違いない。早指しのため若干羽生永世七冠に分がある気はするが(国民栄誉賞の授賞式の直後の対局でもある)、藤井が勝っても「またすごいことをやってのけたな」という感慨はあるがまったく驚かないと思う。

今の若手棋士の強さは、かつての羽生世代の出現を髣髴とさせるものがある。

ソフトの進化は疑いなくプロ棋士の水準を上げている気がする。

その中でひときわ輝いている藤井聡太の存在からはやはり目が離せない。


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2018/1/20 | 投稿者: pdo



自慢じゃないけど、僕は、2014年8月8日のこのブログに、「たぶん能年は日本芸能史上(今の芸能界のことだけじゃなく)特筆すべき才能の持ち主なのだが、それが何の才能なのかが分からないというくらい規格外の存在」と書いた。

2018年1月20日に、この雑誌(「SWITCH」2月号)が出た時点で、先の僕の言葉を否定できる人がいたらしてごらんなさい、と声を大にして言いたい。

別にこれは自慢じゃなく、当時の能年玲奈ファンの多くは、同じことを感じ取っていたに違いないのだ。

しかし、正直、ここまで「規格外の存在」になるとは思っていなかった。しかも、こんなに早く。

「のん」は、従来の「芸能人」のいかなるカテゴリーでも捉えきれない、とてつもない存在なのだ。そのことをもう、誰も否定できない。

「のん」のパワーは、100年来の因習に染まった芸能界の仕組みすら変えようとしている。

のんやローラも救われる? 公正取引委員会がタレントの独立を阻む所属事務所の圧力を独禁法違反と認定

そして、彼女の偉大なところは、別に彼女自身が変わったわけではなくて、むしろどんどん自然体の、ありのままの自分自身に近づいて行っているように思われることだ。

中学時代から書いている彼女のブログを読み続けていた人なら(僕も後になってから読んだクチだが)、ギターを弾いたり、絵を描いたり、お笑いが好きだったり、といった「のん」の資質が、芸能界に入る前から一切ブレることなく、むしろその純度と強度が上がり続けていることが分かるだろう。

のん自身インタビューでこう語る。

「迷いなくやりたいことをやりたいだけ突っ走って、それを楽しんでもらえるような人になっていたいと思います。どれだけ歳を重ねても新しいことに挑戦したりとか、頭を柔らかく、何かに固執したり考えを固めたりせずに、楽しんで生きていられたらなって。

“のん”というものがもっと確立されて、純度もかなり上がっているのが理想です」


「迷いなくやりたいことをやりたいだけ突っ走る」には、大きな犠牲も伴う。

それは誰にでもできることではない。

つくづく「のん」と同時代に生きていることの幸せを噛みしめた貴重な一日だった。
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