私達は「らくうた」という合唱団です。2006年3月に誕生した合唱団で、福岡で活動しています。団員は九州はもとより、遠く関東、関西からも合せて歌う事を至上の喜びとする合唱猛者達が集まり、より良い音楽創りを目指して、日夜、悪戦苦闘しております。
合唱団員募集  

        第2期団員募集!

大変お待たせ致しました。いよいよ第2期の募集を開始いたします。

今回のテーマは「詩人の心を知る」としました。
スペシャルゲストは詩人の谷川俊太郎先生です。

前回は、作曲家の木下牧子先生に教えを請い、“本物”に触れる機会がいかに必要なのかを実感しました。やはり本物は違います。で、一流の音楽に触れさせて頂きましたので、今度は一流の言葉に触れてみましょう。

さらに、今回のメイン指揮者は高嶋昌二先生にお願いいたしました。

今回のらくうたは、谷川先生の『詩』が使われている曲だけで演奏会を構成いたします。谷川先生の詩の世界を堪能しつつ、高嶋先生にお力を貸していただいて、自分達がどこまで表現していけるかに挑戦したいと思っています。

演奏会は、約2年後の2009年3月頃を目途に調整中です。

らくうたは、既存の“合唱団の枠”にとらわれず、また、県や市などの“地域の枠”にもとらわれず、企画に賛同し、より良いハーモニーを作ることを至上の喜びとする人々の集合体です。基本的に月1回の練習ですので、音取りまでは済ませた上でお集まりいただきます。上手下手は全く問いませんが、1人1人が歌い手としての高い自覚と誇りを持ち「合わせて唱う」ことに徹していただくことが参加条件です。

私たちと一緒に、顔晴ってみたいと思われる方は、メッセージボックスよりご連絡下さい。募集要項をお送りいたします。

ご連絡をお待ちしています。
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2月17日(雨!)のつづき  

三々五々、メルパルクホールに集結してみると・・・

ソプラノ01番@今回はソリストもやっちゃうよ!が、すでにリハーサルに入っていました。立ち位置、ピアノとの兼ね合い、歌い方etc.丁寧なアドヴァイスが木下先生から出されていき、その度に納得の音に変わっていきます。凄い!
ピアノの調律師さんもずっと付き合って下さって、微妙な調整をして下さいます。
ピアノの音のわずかな違いにもこだわられる先生とのお仕事は、調律師さん冥利だったのではないでしょうか。

ロビーでは、tuttiさんの声出しが始まっています。

その周りでらくうた人はというと・・・なんか一生懸命書いています。
そう!プロジェクトXと銘打って、らくうた人@そういうこと思いつくのが得意で大好きな有志たち!が、先程の練習会場で木下先生が出られた後、「先生に内緒でみんなの写真を2〜3人ずつ撮って、一言ずつメッセージも添えて、アルバムにして、レセプションで先生にプレゼントしま〜す!」って言ってました(^0^)
私も紙を渡され、一言、名前と感謝の気持ちを書きました!
それにしても、みんな、エラク熱心に、一生懸命書いているなぁ・・・ちょっと、時間かかりすぎじゃない?文才、ないのかしらん???

そうこうしている間に、tuttiさんのリハーサルが始まりました。

らくうたもそろそろ声出ししなきゃ!
そうそう、今回は1曲ずつフォーメーションを変えないといけないので、隊列移動の練習もしとかなきゃ!
ホレ、みんな、やるわよ〜!

・・・フォーメーション移動が、ドンくさいっ!
事前に配っておいた立ち位置表など何のそので、みんな右往左往・・・
誰かがふと呟きます・・・「どこも一緒ね(>_<)」
何はともあれ、声出ししましょう!

そしていよいよらくうたのリハーサル。
ステージに立つと、このホールがいかに良いホールかがわかります。
あ〜もったいない!これが3月一杯で無くなるなんて・・・!
声が気持ちよく飛んでいきます。
そして初めて、木下先生のピアノとの合わせ練習!!!
感激〜!!!
慢性の腱鞘炎で、フォルテは出せないのよとおっしゃりながらも、お見事な指さばき!とてもとても歌いやすい!楽譜を見なくても、指揮者を見なくても、こう歌って欲しいんだという音の流れが伝わってきます。

全部終わって解散したあと、ホテルのロビーで第3ステージ:トークショーの打ち合わせが入ります。司会はらくうた人のKOHAMAちゃん!しっかり筋立てを考えてきてくれていました。サスガ!しゃべりだすと止まらない指揮者01番を止めてね、止めてね!
とにかくざっくばらんなおしゃべりにしましょうということで一件落着。

さぁ、皆さん、明日に備えて早く寝ましょう。
早く寝ましょうねっ、指揮者01番及びその周辺のツワモノたち!

つづく
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ベース01番  

早いもので、彼と初めて歌った時から、20年以上経っていました。私と彼は別々の大学の男声合唱団に所属していました。私は、いいベースが居る、という話は聴いていましたし、興味もありましたが、話をする機会はほとんど無い状態でした。大学4年の卒業前(私は辞める前)に、マネージャー仲間+αで、フェアウエルコンサートみたいなことをやろうと企画して、その時が初めてゆっくりと話した時だったと思います(記憶が結構あやふやです)。

その後すぐに、混声合唱団トニカで再会して、一緒に歌う事になりました。ちなみに当時の呼び名は、私は(午後)8時半の男、彼は8時45分の男でした。練習は9時までだったんですが、お互いにいつ練習してたんだろう?
そして、彼はしばらくして結婚し、奥さんもいつの間にか合唱団の仲間になり、しばらく夫婦での活動をしていました。その後、転勤で福岡市内を離れ、飯塚の方に行くことになり退団。私も結婚(ウチの嫁も同じ団にいました)し、我家は久留米の方での生活となり、いつしか年賀状のやり取りだけ(もちろん顔を合わせれば話したりはしていましたが)の状態になりました。まぁ、ウチの嫁は、ずっと「いつ帰ってくるんだ〜」と言っていましたが、仕事をしていると仕方のないことです。

そして月日は流れ・・・我家は福岡市内に居を構え、彼も転勤で福岡市内に戻ってきました。彼は、戻ってきた時には、ある男声合唱団に所属しており、なかなか混声合唱の世界に戻ってこなかったんですが、やっと帰ってきたところで、今度は我家が混声合唱団を卒団して、「らくうた」を立上げることに・・・
彼は、当初、非常に怒っていましたが、ちゃんと話をしてわかってもらいました。そして一緒に歌ってくれる事になったのです。とっても幸せで、充実した時間でした。お互いに何も言わないのですが、解り合えている様に感じていました。

彼は、大切な友人で、仲間で、同じ志を持つ同志で、でも、彼が倒れてから知ったことがたくさんありました。家族の事、生い立ちの事、仕事の事・・・そして、彼と我家は音楽でしか繋がっていなかったという事に気付きました。でも、それで充分だったと思います。

私たちが知らない姿も、私たちが知っている姿も、彼は彼らしく生きていたんでしょう。頑固で、偏屈で、誰にでも優しくて、ちょっと優柔不断で・・・愛すべきベースマンだった男は、「彼の愛する家族」を見守る道を選んで旅立ちました。

ちょっと寂しいですが、彼は、私たちの心の中で生き続けています。私たちが彼の「想い」や「意思」を忘れないかぎり、彼は、私たちのそばに居るでしょうから。

だから、さよならは言いません。

また、どこかで・・・

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お通夜  

昨日、ベース01番のお通夜が、しめやかに執り行われました。びっくりするくらいの参列者数で、彼の生前の人望の厚さが偲ばれました。
仕事関係の方々はもちろん、合唱関係者の多いこと、多いこと。みんな心から彼の死を悼み、信じられない想いで一杯でした。式が終わっても、たくさんの合唱人が彼との別れを惜しみ、なかなか席を立つことができませんでした。

読経の間を除いては、ずっとらくうたの6曲がながれていました。ソプラノ01番が用意してくれたものです。彼が倒れた翌日、1月28日に、木下先生にお送りする為に録音した5曲と、10月に公開練習をした際、木下先生が絶賛して下さった「祝福」です。唯一「祝福」にだけは彼の声も入っていて、私の耳には、はっきりと彼の声が聴こえました(;_;)

思えば、あの28日の練習はつらかった・・・。
1月27日、仕事が終わった私は、テナー01番から「悪い知らせです。」と、彼が心肺停止状態でICUに運ばれたことを伝えられ、自分の心臓も止まってしまうかのような締め付けを感じました。なんで・・・!?
すぐにICUに駆けつけたのですが会えず、とりあえず、本隊練習の前に自主練で集まっているらくうた練習会場に行くしかない。今夜は新年会も予定しているのに。

いつ、みんなに伝えようか・・・

きっとみんな動揺してしまうに違いない。数少ない貴重な練習時間は、できるだけ有効に使いたい・・・。
私たちは、とにかく日曜の練習が終わるまで、二人だけの胸にしまっておくことにしました。黙っておくのはとても心苦しかったけど、言うのはもっとつらかった。
特にテナー01番は、その日の午前中に「体調が悪いから、今日の新年会は止めて、明日の練習に備えるよ。」と言う彼の電話を受けていただけに、そして付き合いも長いだけに、とても辛かったと思います。
でも・・・土曜の練習も、日曜の練習も、何を歌ってもダメでした。泣けて泣けて仕方ない。泣いちゃいけないと思っても、涙が勝手に溢れ出てきて、何度トイレに立ったことでしょう。

練習終了後、みんなに簡単に事実を伝えて解散しましたが、その後はMLで、ベース01番の状態をお知らせしながら、みんなで祈りました。千羽鶴が毎日のように届き、とうとう1995羽になって、昨日、納棺していただく為に届けました。

今日は彼の葬儀でした。
私たちは仕事で行けませんでしたが、きっと多くの人々に見送られ、無事、天国へ旅立ったことと思います。

合掌
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訃報  

気のいいベースマン、らくうたベース01番が、
2月22日18:30頃、永眠いたしました。

倒れて27日間、彼はとてもよく頑張ったと思います。
愛する家族の為に、一日でも長く頑張りたかったのでしょう。
そして、彼がこよなく愛した合唱の為にも。

彼が生きていてくれなかったら、私たちは2月18日の演奏会をすることはできなかったでしょう。

本当にどうもありがとう。

合掌・・・またね。
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