もうあの橋は見られないかも・・・
そう思ったら、いてもたってもいられなくなったのは何故だろう。
時間があれば、すぐに野山に足が向いてしまう私だが、瀬戸川のように後ろ髪を引かれたのは初めてだったような気がする。
何故こんなに心惹かれるのだろう。
森林に身をおくだけで、心の安らぎを感じるのはいつもの事なのに・・・。
だが、自然のままのヒノキをはじめとする木曽五木が点在し、かつて活躍した森林鉄道が偲ばれる瀬戸川には、他では味わえない何かがあった・・・。
いったいそれは何だったんだろう。
心を残して来たからだろうか・・・願いが叶ってしまった。
あの時のガイドさんに案内をお願いし、再び訪れた瀬戸川は、一ヵ月半の月日の経過で、前回まだ緑が色濃かった木々のほとんどが葉を落とし、晩秋というよりは初冬に近い景観だ。
清らかに流れる豊かな水音を聞きながら、何箇所かの丸木の橋を前回と同じくおっかなびっくり渡り、そしてまず目に飛び込んできたのが、最近落ちてしまったであろう木橋だった。
崩れてもなお原型が偲ばれるのが、何だか気の毒で痛々しい感じさえする。
両岸の基礎は残っていても橋は跡形もなく消え去り、かろうじて残っている木橋も腐って危険な為、今は通ることが出来ない。
さらに進むと、落ち葉が降り積もった足元に名残のレールの一部があり、苔むした鉄道敷きもところどころに残っているのに気がついた。
鉄道敷きの幅は狭く、トロッコ電車というイメージだ。
この橋にまた会えた!
今までのどれよも橋脚が高いと思われるその木橋の姿には、凛とした美しさが漂っていると感じたのは私だけだろうか。
丸太だけで築かれているのにたくましく、当時多くの木材を運び、そして沿線の人々の大切な足にもなったこの鉄道橋は、すでにその役目を終え、静かに自然の中に身を置いている。
はたして、やがて訪れる厳しい冬に、重い雪に立ち向かえるのだろうか・・・。
「まるで、人間の一生のようだな・・・」と、ふと思った。
瀬戸川に心惹かれたのは、かつて活気に満ちていたであろうこの場所が、今はひっそりと自然の営みに溶け込み、そして高い所から人間界を見つめ続け「どんなにあがいても自然に逆らうことは出来ないんだよ」と言っているような、漠然としたそんな想いが頭から離れなかったからかもしれない。
近い将来には残された木橋も落ちてしまい、ここに鉄道が通り、賑やかな時代があったことなど忘れ去られてしまうのだろう。
また、運良く切り株に種を落とした木曽ヒノキは、まるで自然のプランターに守られているようだった。
寒さが厳しく地質も良くない木曽谷では、地面に落ちた種のほとんどが芽を出せず、万一発芽したとしても栄養が足りず枯れてしまうそう。
こういう厳しい自然環境の中だからこそ、良材に育つことができる木曽ヒノキが、伊勢神宮の御用材や国宝建造物、そして仏像制作などの限られた用途に使われるというのもうなずける。
そして、水分が好きなサワラは苔の中に種を落とし、芽を出すことに成功!
苔自身もその存在を主張しているようで、これから冬に向かうこの時期に、命の息吹を感じられた事が嬉しかった。
木曽谷の木材は、大正時代の初期までは人手と川の流れを利用し運び出されていたが、その後森林鉄道が導入され大量に安全に輸送が出来るようになり「木曽の産業革命」とまでいわれたという。
木曽谷に網の目のように敷かれたこの鉄道は、木材の搬出だけでなく沿線の住民に限っては利用ができ、通勤や通学、そして買い物など生活に根ざした路線だったとのこと。
全盛期には総延長が428kmにまで達し、東海道本線だと東京〜関が原までの距離に匹敵するというから驚いてしまう。
ただ、時代の流れには逆らえず、40年余り活躍したこの鉄道は昭和44年には廃止され、その当時の橋脚が残っているのは現在2箇所のみ。
(王滝村発行:「王滝村の森と自然」参照)