2010/2/27

遊山 広島とあるエリア  おきよの思い出のライン



私は、クライミングを始めたのが遅かった事もあって常に焦っていた。

それは、自分が女性であるから。


結婚、出産というもので生活環境が大きく変化するのはわかっていたし、今までと同じように岩と向き合う時間は減るだろうと思っていたからだ。
特に出産においては、妊娠中、育児のブランクで体は間違いなく変化するし、出産前と同じようなパフォーマンスはもう出来なくなるだろうと思っていた。

幸いにも結婚という点に関しては、私が一番尊敬?するクライマーであり、一番のライバルだと思える夫と出会う事が出来、二人でたくさんの岩場を巡る事が出来た。

結婚後は無我夢中で登っていた。
自分の成果がダイレクトに見える嬉しさからグレードを追った登りでもあった。



結婚してニ年目、私達はものすごく惹かれるラインと出会った。
広島のドリルマンが開拓しているとあるエリアの、最初に目に入る存在感のある岩だ。
しかし、そのラインはまだ誰もトライした形跡が無いようだった。
訪れる度に気にはなっていたが、その岩を見上げるだけで通過していた。
ホールドらしきものはほとんど見えないし、高さがあって、最後の奥まったゴールがどうなっているのか予測が着かなくて恐かった。

そのシーズンの始め、かなり難しそうに見えたが、ツジャンと夫と私の三人でトライを始めてみた。
初めて触るホールド、スタンスが尽く崩壊していく。
そして恐ろしく早い指皮の消耗。
それでも三人でトライを続けているとなんとか少しずつ解決していったけれど、すぐに一つ目の核心がやってきて煮詰まってしまった。
そのシーズンは結局解決出来なかった。

翌年、そのエリアに行けばトライしてみるもののやはり同じところで詰まる。
相変わらずホールドもスタンスもよく剥れる。気分は半ば諦めモードだ。
結局この年は他のエリアに打ち込んだりしているうちに、そのラインを触るのに絶好の季節が過ぎ、前進することなく終わった。

2008年冬。
トライを開始して3シーズン目。
私達はまたこのエリアに訪れた。

夫はニ年前と同じようにそのラインを見上げるが通過して別のプロジェクトへ向かって行った。

しかし私はどうしても気になり、一人その岩の前に残り、しばらく見上げていた。

そして静かな気持ちで靴を履いた。

やはり一つ目の核心手前までだった。
しかし、そこまでは確実にスムーズに登れるようになっている。

しばらくして夫も参戦である。
やはり一人で登るよりも気持ちが盛り上がる。
二人で試行錯誤が続く。

やっていれば出来るもんだな。

なんと夫が一つ目の核心部分の鍵を開いたのである。
極薄カチをマッチして体を引き上げ、棚をはたきにいく。
前進した。

しかし、これで終りではなかった。
高さ約三メートル地点のその棚でのマントルが二つ目の核心である。

この日はここまでだったが二人で確かな手応えを感じた。

私にとってこのシーズンのこのトライがクライミングライフの一つの節目になるだろうと感じていたので焦りはピークを向かえていた。
このシーズンを逃すと、このラインと向き合う事は難しくなるだろう。

絶対に登りたい。
登っておきたい。


翌週、私もどうにか一つ目の核心を越えられた。

岩に黄色い陽があたる昼12時を少し過ぎた頃、一瞬時間が止まるような瞬間が訪れた。

夫がついに岩の頂点に立ったのだ。素晴らしい登りだった。

私も嬉しかった。
でもその反面、悔しい気持ちもあった。
私も初登を意識していたからだ。



私はクライミングを始めた頃から、自分の死を意識するようになった。
どんな小さな岩でも恐い。自然と向き合う事は、死と隣り合わせだと感じるからだ。
夫に言わせれば、その気持ちがクライマーとしての素質だそうだが。
きっと私はただの恐がりである。

自分の心技体の限界を越えたムーブが出てきた時、死を思う一線が出てくる。そこまでいかなくとも大怪我をするかしないかの一線。
私はこのラインの二つ目の核心でそれを感じた。

今まで何度も、夫の一線を越える瞬間を見てきたが、私には決して真似出来ない。

この日も勇気ある後ろ姿を心から讃えた。


夫はそのラインに「遊山」と名付けた。


刺激を受けて、夕方ホールドが見えにくくなるまで私もトライを重ねた。
この日は勇気が出なくてマントルを返せなかった。




次の週末まで本当に長かった。

朝起きて眠るまで一日中遊山の事を考えていた。
考えただけで胸がドキドキして手汗をかいた。
どうしたら越えられるか。
道場で何度もマントルのムーブを練習した。

次のチャンスを逃すと気候的に厳しくなる。
プレッシャーに押し潰されそうだった。



そしてついに週末がやってきた。

2008年2月4日。
朝から雨が降っていたが、天気予報では午後から晴れ。
岩が乾く時間を見計らって昼過ぎ遅めに向かった。
16時頃トライ開始。
マントルを返す左手にうまく体の重心が合わず何度か失敗する。

一度スタンスを変えてみる事にした。

すると、マントル直後足が滑ったものの、しっかりと棚に体が残った。
緊張の一瞬である。

棚に立ち上がった瞬間、胸が高鳴った。

ついにここまで来てしまったか。

早くトップアウトしたい逸る気持ちと、最後まで気を抜いてはいけないという気持ちで、しばらく棚の上で呼吸を整えた。


そしてついに岩の上に立った。


完登出来た瞬間、心も体も震えた。
自分でも信じられない瞬間だった。


トライを始めたニ年前ではなく、諦めかけた昨年ではなく、完登出来たこの瞬間にようやく、自分の心技体全部がこのライン相応のものとなり、登らしてくれたのだろう。
夫は易しめの3段くらいかなと言っていたけれど、確かに自分の今までの限界を越えたラインだった。
しかし、一旦その限界を越えてみると、グレードはどうでも良かった。
時には、キーホールドが欠落したりして、せっかく固めたムーブを変更しなければならない事もあったが、
このラインに魅了され、諦めずにトライし続けた事に価値があった。

クライミングを始めて五年目の集大成のように思えた。



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完登した瞬間は、満足と安堵感で、これで私のクライミングは一先ず終りだなと思った。

しかし、出産を終えて今子育てをしながら思う事は、
あの完登は終りではなく、私のこれからのクライミングライフの始まりにしたいなあということだ。
夫婦で完登出来た素晴らしいラインを子供にも体験してほしいし、クライミングを通して学んだ事を伝えていきたい。


遊山


父と母のトレースを子供も辿ってくれるでしょうか。楽しみです。








2007/4/9

思い出のライン5 バナ(1級)フクベ  おきよの思い出のライン

「きよちゃんに是非やってもらいたい綺麗なラインが一本、フクベにあってん。」

このラインに出会うきっかけとなったのは、我が道場に来てくれている三豆ちゃんのその言葉だった。

2006年10月、真っ青な空に、透き通った風が吹く気持ち良い日だった。三豆ちゃんにそのエリアに連れて行ってもらい、初めてそのラインを見た時、正直その高さにすくんでしまった。
でも、「この岩の上がり口はココです。」と、呼んでいるかの様に岩の真ん中に一本の細く美しいクラックが、スーっとリップまで続いているのを見て「登りたい」と強く思った。

トライ開始。
一直線に伸びたクラックはバランスが悪く、何度か体がはがれたが、トライを重ねるうちになんとかリップにたどり着くことができた。
クラックの最上部分はガバだったので、安心しきって最後の乗り越しムーブに移ろうと上を覗き込んだ。

「え?えぇーーー??」「核心はここ?」

足下3、4m。下から見るよりかなりの高度感を感じる。
この位置で、右手はガバより奥の悪いカチに送り、左手は指先がかかる位の結晶を保持して体を引き上げ、左足を腰上の位置にある結晶にハイステップで乗り込まなければいけない。
恐る恐る乗り込む体勢に移ろうとした。
「やばい・・」
そう思ってしまった瞬間、指先からジュッと汗がにじみ出し一気にぬめりだした。
「駄目だぁーーーー」
激しく打つ鼓動を聞きながら一旦クライムダウンした。
「あぁーーーどうしよう・・・あの一線を越えなければ・・・」
私は正直迷った。このまま逃げようか・・・。

2、30分経っただろうか。ようやく心と体が落ち着き気持ちが固まった。
「やる!次突っ込む!!」

取り付く前に大きく深呼吸し、トライを開始した。
さっきよりも丁寧にクラック部分を進みリップへ。必死に平常心を保とうとしながら両手を保持し左足を結晶へ。

(お願い!ぬめるな!抜けるな!すべるな!)

「・・・・・・・!」

「よっし!」

左足に完全に立ち上がって、やっと届く程はるか遠くのガバをしっかりとつかんだ。
そして手を返して一気に岩の上へ。

「あぁ、良かったぁーー、、、」
「登れたよぉー。生きてたよぉー。」
岩から下を覗くと三豆ちゃんとマーシーが安心した顔でこっちを見上げ拍手してくれていた。

「ありがとう。ありがとう。」

岩から降りてホッとし、登ったラインを見上げしばらく余韻に浸っていた。

三豆ちゃんの紹介のおかげで、また一本美しいラインに出会えることが出来た。
グレードに関係なく、同じラインを見て同じように「きれいだ」と共感出来る素晴らしいクライミング仲間を持って本当に嬉しい。
三豆ちゃんにも岩にも感謝です。

「本当にありがとう」

2007/3/22

思い出のライン4 ダイヤモンドスラブ(1級?)豊田大給城址  おきよの思い出のライン

私は全く宝石には興味が無い。
しかしここ豊田には、ひと目見ただけで私を虜にしたとても美しい宝石があった。
それはダイヤモンドスラブ。
このエリアに来た者は、この岩のラインの美しさに惹きつけられ、必ず足を止め見上げるだろう。
2007年2月。
私は以前から、この5,6m程もある巨石を、ビビリという情けない心の部屋の片隅からただただ遠目に眺めていた。登りたいけど登りたくない。恐い恐い恐い、、、、。
実は私の足首はウンチングスタイルも出来ない程硬く、常時スメアを駆使するスラブには根っから苦手意識があり、何時手足が滑るか分からない、あの腰周りがゾワゾワする感覚に長時間耐えていられる自信が無い。これだけ高さがあれば、その我慢比べが長期戦になるのは目に見えていた。
しかし、「やっぱりこの美しいラインは登りたい。」そう強く思った瞬間私のトライは始まった。

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二月にしては暖かく陽射しの強い日だった。岩はモッタリと温く手を当てるだけで指先にキラキラと汗がにじんできた。しかし空気はとても乾燥しているようだ。
このラインの核心部は、足下4m程の位置で、何時ホロリと外れるかも知れない小豆位の大きさの結晶にハイステップで乗り込む最後のムーブ。
そして、何時足が滑り落ちるか分からないそのムーブをビビらずにこなさなければリップには手が届かない。
しかし守りに入ってしまっている私は、その手前を行ったり来たりしていた。
一線を越えなければいけない。でも恐い・・・。
そうこうしてるうちに、一緒にセッションしていたツジャンが、下部のムーブを決め、上へと簡単に抜けていった。
彼の精神面の強さには常々驚かされる。
その後姿から勇気を貰った。一線を越えるぞ!自分を超えるぞ!
慎重に下部をこなし核心部へ。
結晶に左足を上げた瞬間、私を取り巻く空間は、無風無音となり、ただ、自分の高ぶる気持ちを抑えようとする荒い息使いだけが聞こえていた。
ホールドをしっかりカチり左足にジワジワ体重をかけていく。
もう上に抜ける事しか頭に無い。
めいっぱい立ち上がり右足を広げてバランスをとり左手をリップめがけてスッと出した。
パシ!あらあーーーーーーーーーーー
長い長い滞空時間を感じながらマットの上へ着地した。
ビビリながらリップをとりにいった為、体が岩からはがれて失敗してしまった。
あんなに高くから飛び下りたので、周りにいた人はドキッとした様だが、自分の中では全く恐さは無かった。
そのトライのおかげで落ちる恐怖心が全く無くなり、「次のトライで絶対にいける!」と確信した。
そして小休憩を挟んだ直後のトライで、私は、ここ豊田に輝く素晴らしく美しいダイヤモンドを手に入れる事が出来た。
登ってしばらくすると、夕陽が祝福してくれているかの様に、岩も人間も皆燃えるような橙色に染めた。
「ありがとう」

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2007/3/20

「くま」(二段) 豊田 大田城址  おきよの思い出のライン

やったよー!!
登れたよー!!
マーシーもおきよも登れました!
このラインにトライするのは今日が三回目。
ムーブを解決するのにかなり時間が掛かったけど、今日は岩のコンディションも良く、ムーブもスムーズに進んで、まず先にマーシーが未知の上部へ。
気迫の登りで完登。
その後、その登りに刺激を受けたおきよも集中して完登。
マーシーと一緒にムーブを解決しながら、難しい課題を共に完登し、登れた嬉しさを共感出来たのは今までで初めての様な気がする。
本当に嬉しかった。
「ありがとう」
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2007/3/13

思い出のライン2 親指君(初段)笠置  おきよの思い出のライン

2006年12月末
その日は鼻先が砕けそうな程寒い日だった。
けれど、私の頭と心は前夜からずっとホテっていた。親指君のムーブをイメージしてはドキドキドキドキしていたからだ。まるで誰かに恋しているみたいに。
親指君、また会いに来ました。
親指君にトライするのはこれで三回目。前回はリップ手前まで確実にムーブを固めていたが、途中雨に降られて断念、、。
今日こそは!
胸の高鳴りを押さえながらトライ開始。リップ手前のカチまで問題無くこなせたが、次の一手がなかなか止まらない。マーシーにアドバイスをもらい、スタンスを変えてみる。すると、バシっ!不思議と決まった。左手と右手をしっかり保持して全身に力を込めてガッツリ挟み込み、足をソロリと上げリップ目指して飛び出した。
ペシっ!
スルリ、、、
手の平がリップを舐める様に滑り、体が地面に着地。失敗。
あぁ、、
何とも言えない悔しさが込み上げてきた。お預けを食らった犬の様に、親指君の頂を取り上げられた。
ビューーーー
チラチラチラ・・・
パラ、パラパラ、、
落ちる気持ちに追い討ちをかけるように乾いた風が体の周りを旋回した。そしてドライアイスの様に痛く冷たいアラレが吹き乱れ、やがてミゾレへと変わっていった。
みるみるリップの色が黒色に変わっていく。
しかし一度頂を覗いてしまったからには、雪だの槍だの関係ない。落ち込んでる暇はないのだ。再トライ!
よし!さっきより完璧。
バシっ。リップがとまった!!勢いよく右手もリップへ。あとはあのガバを。。。
ドスっ、、、
何故か地面に着地している。しばらく訳が分からなかったが、親指君を見上げて直ぐに気付いた。乗り込んだ棚がびしょ濡れだ。ああ、、、
あまりにもショックで、しばらく、子供がべそをかいたように丸くうずくまっていた。
長い休憩の後、気持ちを入れ替え、親指君の頂を睨みつけ再度取り付いた。
左、右、と親指を突き上げ棚を取り、リップへ。確実に決まっている。さっきよりも慎重に棚に足を上げグイと乗り込む。左手をロックして、あとは奥の、、、
つかんだ!!
マントルを返し頂点に立ち上がった。
親指君と両思いになれた瞬間。
涙が出るほど嬉しかった。
岩から下りると、マーシーが満面の笑みで迎えてくれた。
「ありがとう」
その晩、二人で乾杯した。

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2007/3/10

思い出のライン1 アドレナリンスラブ(二段)北山公園  おきよの思い出のライン

2005年4月、ものすごく温かい日。あんなにシビアなホールドを持つにはかなり不利な気温で、朝からあまり気分が乗らなかったが、せっかくおイモ夫妻に誘って頂いていたので、ノコノコと訪れた。
周りの木々は、鮮やかで初々しい緑色の柔らかな葉をプクプクと吹き出し、風は生温くマッタリと身にまとわりついた。
エリアに辿り着き、早速岩に触れてみた。「アツっ!」キンキンに照った日が岩にあたり目が開けられない程眩しい。「今日はやっぱりアカンかも、、」登る気にもならず、暫く岩の下に座りこみ、枝にブラシを巻付けて磨き棒を作ったり、ムーブをイメージしたり、ゴロゴロウダウダしていた。
何時間そんな事してたかなぁ・・。周りが急に暗くなったので、フッと上を見上げてみると、陽が雲に覆われ、風の動きが一変した。
「今や!」気温が下がり岩が冷えるのとは逆に気持ちが高ぶり体が熱くなるのを感じた。
一トライ目。
順調に高度をかせぎリップをたたく。
バシ!ドン。失敗。
リップをはたいては落ちを繰り返し、四トライ目。
スタートから手も足も今までに無いほど完璧に決まっていく。まるで階段を上がっているように。あと一手。上を見ずに無心で勢いよく手を出した。
パシ!!きまった!そのままの勢いで岩の上に駆け上がった。
いつもの何倍もの速さの鼓動に連動して膝がカタカタと震えている。暫く、登れた実感が無くボーっと岩の上にしゃがみ込んでいた。
「やったぁ、、」
未だに何故登れたのか、リップがとれなかった時とどう動きが違っていたのか、よく分からないし、覚えていない、、。
下を見ると、おイモ夫妻が手を挙げて喜び称えてくれていた。
「ありがとう」
帰りの車中の窓からは、桜がニコニコと並んで咲いているのが見えた。

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