2008年3月17日(月)
ミコリン宅から帰ってきたばかりなのですが、予定通りに今日から、サチさんはショートステイに行っています。ちょっと、心が痛みますが・・・
いつも通りに、朝のお勉強タイムで寄り添って、お迎えに車を待ちました。
いつもと違う行動ですが、気付かないで居てくれることが救われます。
体温もデイの時には計りませんが、ショートの時は、記入しなければならないので、計ります。
何というかと言うと、「たまにはお熱を計っておきましょうね。」なんて・・・
9:00から約一時間かけて、ゆっくりゆっくりいつものドリルや日記や塗り絵をやって、
いろいろいろいろおしゃべりしながら、時間を過ごすのがショートステイの日の朝なのです。
時間のことも全くわかっていないので、「もう来る時間じゃないの?」などとも一切言いません。
そして、いよいよショートのお泊りであることを告げる時間が近づきます。心はいつもドキドキ、チクチク!!
お泊りはやだねぇと言いながらも、「寝巻きは持ったかい?」「化粧品入れた?」「お財布は入ってる?」等、
いろいろな心配をして、今日は予定より早めに送迎車の到着で、嫌な思いの時間が少しで済んでホッとしました。
無事にサチさんを送り出して、さて、私はというと・・・
夫婦で連れ立って、歯医者に行っている両親と駅で待ち合わせして、たまには、三人の時間を作ろうと
朝、決めたのでした。
父は文句を一切言わずに、介助の手を必要とする母のことを一杯助けてくれている日々。
片耳がほとんど聞こえないので、テレビの音は相当なものです。それで、たぶん、父の耳も相当聞こえが悪くなってしまった様子。補聴器を使ったり使わなかったりしている母ですが、補聴器というものは、周りの雑音までも感知してしまうらしく、とても聞きにくいものらしいです。だから、普段はあまり使っていないらしいのです。
たぶん、耳の不自由な人と一緒に過ごすということは、日常のあらゆる音が大きくて、父のストレスも相当なものだと予想しています。
それでも、本当に優しく寄り添ってあげているので、たまには、両親も労ってあげないととずっとずっと、思ってはいたのですが、サチさんの留守に、三人で居るなんて、本当に気がとがめてしまって、
心の葛藤をずっとしていた私でした。
両親ももう、サチさんと変わらない年齢。誰が何時どうなるのかはわかりません。
このままではきっと、私は両親に対して後悔をすることと思ってきました。
でも、なかなか、両親との時間を作る事が出来ないでいて、今回こそはと心に決めていたのです。
やっと、踏ん切りが付いたという感じでしょうか?
そして、こんな風に悩んでいる事自体、頑張っているサチさんに申し訳ないなぁと思い始めました。
皆が平和に笑顔で居られる為に、それぞれが少しずつ我慢して少しずつ不自由もして生活しているのが「家族」であるということを今つくづく感じるのです。
サチさんがやっと「家族」に溶け込んだということでしょうか?
きっと、そうだと信じます。
遠慮も度を越すと、大変なストレスに繋がりますものね。
こんなに、前置き書いてしまって・・・
というわけで、今日は、両親と私と三人で、久しぶりにおしゃべりして、
母が姉の所の認知症が酷くなった義母様のことで心配している事や、妹の家の心配をしていることや
(あれ???私の家族の事は????苦笑)色々な心配事を一杯話していました。
私からは、子供達の嬉しい近況だけをサラッとお話して、父は相変わらず、寡黙で、一生懸命に食事をしていて(総入歯で、ゆっくり食べないといけないので。)、黙って、時々合いの手を入れるくらいで私達の話を聞いていました。ちょうど一時間でお食事が終わり、廊下を見ると待っているお客様の姿が見えて、父が、「そろそろ出ないと悪いぞ!!」というので、早々退散しました。
もっと、ゆっくりしたかった気もしますが、これからは、こういう時間を増やしてあげたいと心に思ったので、楽しみは、毎回少しずつが良いのかもしれませんよね。
たっぷりあるケーキを丸々一つほうばることも幸せ
でも、たった一つのケーキを皆で分けて、ほんの一口食べた時の喜び
私はきっと、そういう、小さな喜びが好きなのかもしれないって、思います。
そういう意味では、私にとって、今の生活は悪くないかなぁ〜〜〜と
そんな風に感じた一日でした。
あっ、これから、「東京大空襲」をしっかり観てきます。
戦争を知らない世代の私。
ちゃんと観たいと思います。
もったいないので、針仕事もしっかりしながら・・・・