2007年12月25日(火)
入浴拒否に続き、それに伴って思わぬところから、
とんでもない事が耳に入ってきたのが、1年前位だったでしょうか?
その前に我家は、義母、私の両親、夫、子供三人、私の8人家族です。
ある日、ミコリン(義姉)と電話でお話していた時のことです。
「言おうかどうしようかと思っていたけど、伝えておいた方が良いとおもって。」とミコリン。
「最近、毎日、お風呂のことを言うのよね。」
「どんな風にですか?」と私。
「毎日さっさとお父さんとお母さんはお風呂に入っちゃって、『お先しました』でも、『お先にどうぞ』も言ってくれないの。気が利かないからねぇ。って。」
「それを毎日言うのよ。お母さん達に限ってそんなことないでしょう?お風呂はお父さんが洗ってくれるんだし、洗濯物もおかあさんがやってくれるんでしょう。って、怒っておいたけど。」と。
実は、こうだったのです・・・
母は、サチさんに気を使い、お母さんどうぞとずっと言ってきました。
その度に、「こんな早い時間には入れない」と言われ、「風邪引いているから入らない」と言われ、嫌な気持ちになってきたので、
私は、もう母には声賭けしなくて良いと言いました。
たぶん、サチさんの不満はその頃から起ってきたのでしょう。
私は、同居するということは、それぞれのストレスが出来るだけたまらないように心がけ、嫌な事はそれぞれの親の耳にできるだけ入らないように、私のところで止めてきました。嫌な気持ちを少しでも取り除いて気持ちよく同居していたいので、
私のところで雑音は止めておきたい、そう思って数年過ごしています。
その時、ミコリンには、今までのいきさつを説明し、「声賭けしているけれど、
なかなか上手く行かないこと」と、「サチさんから何を言われても否定をしたり、怒ったりしないで、同情したり、事実をその都度話して、安心させてあげて欲しいこと」を話ました。
そして、ミコリンからは、
「今なら、お母さんから、声賭けしてもらえばまだ間に合うかしら?」という提案が出されました。
でも、私の心の中では既に「NO」でした。さんざん、母には、声賭けしてもらってきたし、嫌な思いも一杯我慢してもらっていました。それより何より、もうすでに母も身体的に父の力を得て生活している要介護1になっているので、不穏な気持ちは義母と同等にあるのです。
だから、ミコリンの思いを私の胸の内にだけ終いこみました。
その後、ミコリンの家に外泊させてもらった時に、入浴拒否については、
私の話したとおりだったと理解してもらえて、ほっとしました。
それ以後は、サチさんからの不満をただただ聞いてくれている様子です。
怒ったりしないし、否定したりしないで。温厚なミコリンに感謝です。
少し経って、ケアマネさんともこの話伝えた時に、
(同じ情報を共有する事が大事だと思っているので、小さなことも話しています)
叔母達にもこのことを毎回話題にしていたことが解りました。
(叔母にもサチさんのケアマネさんを紹介したので、同じケアマネさんなのです)
母はサチさんの被害妄想の標的となっていたのです。
苦しく悲しかったです。
体のもっと元気な時には、母は、いつもサチさんの世話もしてくれていました。年齢は二つ違いくらいで、身体的には変わらないのです。
でも、サチさんの思いを変える事は出来ません。
母にも、そんなサチさんの不満を伝えるわけにもいきません。
ただ、サチさんには「妄想」の症状が出てきてしまったことは母にも伝えました。
母も加齢による物忘れもあるし、理解力低下しているので、どこまで理解が出来たのかは疑問ですが。
さて、親戚の方からも、ケアマネさんを通じて、ミコリンと同じことを言われました。
母にもう一度、「お風呂どうぞ」と言ってもらったらどうかと・・・
私はケアマネさんに母の現状を話しました。
肉体的にも色々な症状を抱え、事故や膝・肩の手術のダメージにより、身体的にもガタガタとなり、一人で生活出来ない情況で父の援助を日々受けながら生活(本来は私の介助を要する状態)なので、生きていることにも不穏であるし、投薬している高血圧でもあるので、これ以上の日々のストレスを与えたくないと、話しました。
ケアマネさんもよく理解してくれました。
同じケアマネさんなので、叔母ともよく話してくれて、
我家での入浴についての現状と、サチさんの入浴拒否の現状を伝えてもらい、
母に対する妄想を聞き流してくれているようです。
本当は、このこと(入浴拒否)で数年心痛め、日々がストレスでした。
でも、サチさんが自ら、不満を周りの方に漏らしたことで、逆に、家でのサチさんの現状を把握していただく機会を得ました。
「雨降って地固まる」と言う感じでしょうか。
認知症の家族を真ん中に据えて、
周りの皆が(主介護者、同居家族、親戚、ご近所、主治医、ケアマネ、施設スタッフ)
手を取り合って、本当の現状を皆が共有して、一言一句に動揺せずに、
頷いてあげながら、その時々を安心させてあげる言葉を伝えながら、
そのままを受け入れてあげる事が大事なのだと、
この「被害妄想」の症状が出て、感じました。
周りの方に理解してもらうまでには、時間がかかりますが、
自分のやっていることが正しければ、いつかは、周りの理解を得られるものですね。
諦めずに頑張る事が大切なのだと改めて感じました。