kenbun7さんのサイトにおじゃましてきた。
「いい診断士」という、わざわざ「診断士」に「いい」という形容詞をつけた言葉に対する記事があった。
確かに「いい診断士」と表現することで、「(何も形容詞のつかない)診断士」というかたが別にいらっしゃるような印象を受けなくもない。さらに、「いい」の逆の言葉を想像されるかたもあるかもしれない。
診断士のかたが「いい診断士になるぞ」とおっしゃるなら、向上心あふれる意味で良い評価になるかもしれない。講師が「いい診断士になれ」とおっしゃるのは、「私が教えたことは、いいことに使ってくださいね。ずっと向上心を忘れず自己研鑽する診断士になってくださいね。」という意味かもしれない。
しかし受験生が使うと、考え方によっては診断士の方々に非常に失礼だった、とここで思った。
お世話になっている講師の方々、502教室つながりでお会いした診断士の方々、講師つながりでお会いした診断士の方々、元クラスメイトで先に合格した友人たち、別の場所で縁あって知り合った診断士の方々が、「いい診断士」であったことが、「自分自身もそういう診断士になりたい」と思うきっかけとして非常に大きかったかもしれない。
「いい診断士になりたい」の言葉は、ココロの中でいろいろな夢につながっている。もちろん診断士でなくてもできることも多い。そう、でも......視点の広さ、専門の深さ(これは試験対策とはまた別に磨くものかと)、人間だったりネットワークだったりいろいろなものをスキルアップしていこうとするモチベーションにつながっている。
いい診断士になる道は人の数だけあると思うが、今年は合格することにこだわっていきたいと思っている。
もちろん試験に受かることより大事なことはたくさんある。しかし、「合格を目指すということから目を離さない苦しさ」が、今の私には必要であるのではと思っている。試験以外のことを、試験勉強をしない言い訳にしない。
友達から、
大好きな呑み屋さんでの新年会のおさそい。とても行きたいけど、今年はあきらめる。E先生のアドバイスは守らないと。(誘惑に負けないよう......-_-;)

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